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悲しいことに、私はこれまで、マラソンやトライアスロン(アイアンマンですら)で、一度たりともレースで完走できた時の感激を心の底から味わえたことが、ない。
何故か。長距離のレースは、当日までの練習で完走できそうかどうか、ある程度分かってしまう。完走しようと思えば、それなりの練習をするし、それができていなければ完走もできない。長距離は当日の気力だとか精神力だけでは、事前の練習の量と質は補えない。だからこれまで、スタート前に完走できないと思ったレースで完走できたことはないし、完走できると思うレースは全て完走してきた。そして完走できるレースでは、後半になると記録も予測できる。走り続けているうちにゴールのイメージが何度も浮かんでは消える。思い考える時間が長過ぎるのだ。したがって結果に意外性がなく、ゴールしてみても爆発的な感激が沸いてこない。我ながら不幸な性格だと思う。これが短距離なら、勝った負けたとか、記録が更新できたとかがコンマ何秒で決まるので、結果が出た時の喜びは一瞬に凝縮される。きっと体質だけでなく、性格的にも短距離的(短絡的とも、短気とも違います。多分)なのかも知れない。
横浜・箱根湯本ランも同じだ。昨年まで4回参加して来たが、完走できたらいいなぁ、というレベルで、本気で完走しよう、との覚悟がなかった。そう、あくまでも参加であって、挑戦ではなかった。それだけの練習も準備もして来なかった。私にとって60キロを走るということは、およそ別次元のことで、決して目標にはならなかったからだ。温泉に浸かってビールを飲むために、横浜駅西口を7時にスタートして行ける所まで走って歩いて、後はどのような手段を取ろうとも15時までに箱根湯本に着きさえすれば良い、という『恒例の行事』であった。だから、完走できるはずがなかった。昨年47.5キロ地点まで行ったが、それでも、いつかは完走できるだろうな、という程度の思いだった。
しかし今年、10月5日の練習を終えた時、今度は完走できるかもしれないとの自信が出来た。10月になって、1日と4日に2時間走を行った。その日まででは、不安の方が強かった。ところが5日の1時間のビルトアップ走でかなり気持ち良く走り終えられた時に、何か吹っ切れたように、いくらでも走れるぞ、という感覚が身体に生まれた。随分久しぶりの体感、それが大きな自信になった。そこで、本吉さんが作ってくださった行程表に基づいて、1時間ごとの通過地点の目標を立てた。今年こそ、15時に箱根湯本に走って辿り着くために。
区間 時刻 通過目標地点 区間距離 通算距離 1 08:00 山崎パン工場 10 10 2 09:00 原宿交差点 6.5 16.5 3 10:00 藤沢警察署先 6.9 23.4 4 11:00 平塚高浜台 9.7 33.1 5 12:00 大磯ファミマ 4.9 38 6 13:00 国府津駅 9.5 47.5 7 14:00 小田原三叉路 6.4 53.9 8 15:00 箱根湯本 6.1 60
2区は、戸塚の踏切待ちと大坂の上り、3区は藤沢バイパスまでの歩道走り難さを考えて、少し余裕を持たせた。4区は最初の頑張りどころ。5区では大休止を取る予定。ただ、その時の状況によっては早目に通過して残りに余裕を持たせることもありえる。6区でもう一度持ち直して13時までに国府津駅前を通過すればゴールが見えてくる。7,8区を走り終えた時、果たして私は完走できた感激を知ることができるのだろうか。
・第1区(横浜駅西口〜権太坂〜戸塚・山崎パン工場前)
7時丁度。20人を超す一団で走り出した雨の横浜。体調はまずまず。後は予定表に従って、早め早めの補給を心がけ、疲れた時は中途半端に歩かず思い切って休む、を心がけるだけ。予め用意した補給食はパワーバー2枚、塩羊羹150グラム2個、こぶし大のお握り1個、それと1リットルの水のペットボトル。ダイエット目的ではない。とにかく60キロを走り抜かなければならないのだから。しばらくして長谷川さんが飛び出す。山本さんは押さえ気味?本吉さんに続く佐々木さんは100キロ経験者の風格。杉浦さんも元気だ。ただ、全体に私が予測していたよりもペースは遅い。これでキロ7分のペースかと思うと、少し焦る。野球に例えると、「初回、いきなり先制ホームランを浴びた」。通過時刻8時10分。残り、50キロ、制限時間まで、後6時間50分。
・第2区(戸塚・山崎パン工場前〜戸塚踏切〜原宿交差点)
ところが、ここで思わぬ幸運に出会った。戸塚で5分ほどかかるだろうと計算していた踏切待ちが殆どなかったのだ。踏み切りに着いて小林さんが用意してくれた給水を取ろうとした途端に遮断機が上がり挨拶もせずに渡った。ごめん。立ち止まらずペースが崩れることもなく、思ったより楽に原宿への坂も上る。ここで一気に遅れを取り戻したばかりか、トータルでも7分の貯金ができた。実は終わってみれば、この7分がとても重みを持っていた。「3回表、ツーランホームランで逆転」。通過時刻8時53分。残り43.5キロ、制限時間まで、後6時間7分。
・第3区(原宿交差点〜遊行寺坂〜藤沢警察署先)
このコースで一番嫌いな藤沢バイパス手前のうねうねした歩道もどうにか乗り越える。東海道線の跨線橋を渡る手前で東京行きのブルートレインが走り過ぎるのが見える。私の走りも順調。この区間では皆さん各自で思い思いのコンビニに立ち寄るため、コンビニを通過するたびに、抜きつ抜かれつの展開になる。藤沢警察署先のコンビニで水を買って塩羊羹を半切れ食べる。その時間を入れてもここで9分、トータル16分の貯金になる。「5回表、スクイズで追加点を挙げる」。通過時刻9時44分。残り36.6キロ、制限時間まで、後5時間16分。
・第4区(藤沢警察署先〜浜須賀〜平塚高浜台)
ここは走り易さも考えてキロ6分にペース設定した。海岸線にでるまでは良い感じで走れ、川島さんに追い付きしばらく並走。一度上がった雨がまた降り始める。「この辺りは天気が良いと暑いから、これくらいの方がいいね。」と川島さんと話す。右手に茅ヶ崎市営野球場が見えて来る。去年はここで昼寝をした。しかし、ランニングも人生も、前を向いている時は過去を振り返らない!軽く横目で流して30キロ通過。ところが少し足取りが重くなって来る。コンビニから海岸線まで少し速過ぎたかも知れない。湘南大橋で中村さんに追い越され、川島さんが見えなくなり、さらに松野さん、洋子ペアが快調は走りで追い越して行く。洋子は膝を痛めているのだが、大丈夫だろうか。いつしか雨は止んでいた。高浜台では、トータル7分まで貯金が減った。4区だけでは9分遅れ。キロ6分はやはり無理だったようだ。「6回裏、1点差に追い上げられる」。通過時刻10時53分。残り26.9キロ、制限時間まで、後4時間7分。
・第5区(平塚高浜台〜大磯駅入口〜大磯ファミマ)
藤沢で買った水もなくなり、補給食も摂れない。羊羹やパワーバーは水分がなければ喉を通らない。これからは流動食も用意しなければ。そこで、予定より少し早い、花水川を渡ったコンビニでひと休みする。コーラ500mlと持ってきたお握り1個、パワーバー半切れ補給。5区では、この休み時間も入れてかなり余裕のある時間配分にしているが、次の6区での設定を再びキロ6分にしているが、これはとても不可能な状態であるため、休憩は短めにする。ここで杉浦さんが追いついて並走。大磯駅入口を過ぎて、去年立ち寄った和菓子屋を杉浦さんに紹介し、粒餡饅頭を1個補給したところで5区終了。休憩を入れても12分貯金できたとは言え、この後の10キロが山場だ。13時までには国府津に着かなければならない。「1点リードした8回裏、ツーアウト満塁のピンチ」。通過時刻11時41分。全行程では残り22.0キロ、制限時間まで、後3時間19分。
・第6区(大磯ファミマ〜二宮〜国府津)
補給後、少し楽にはなったが、とても想定のキロ6分では無理。道路脇の日本橋からの距離表示を目安に、8分は越えないように心がける。大磯ロングビーチのホテルが見え始める。去年、大磯駅を過ぎてからここ迄が、とてつもなく長く感じられた。今年は、もうそろそろかな、と思ったころに見えて来た。気持ちの上では余裕があるのだろう。しばらく進むと、携帯で電話している洋子が見えた。100mほど先だ。と同時に、私の携帯が鳴った。膝がかなり痛いようだ。二宮の駅が近いことを告げるが、「3年連続の完走を目指す。」と言う。言い出したら聞かないのが、この人の良いところでも悪いところでもある。やむなく、ここから、付かず離れずで、先を急ぐ。二宮から国府津まで、去年はウォーキングの人と追いつき追い越されながら、走り歩いていた。疲れてくると、過去を振り返るのかなぁ。国府津駅手前の坂がキツイ。この区間だけで、1時間20分。トータルでは目標より1分、オーバーした。「8回裏、同点に追いつかれ、なおもツーアウト満塁のピンチ」。通過時刻13時1分。残り12.5キロ。制限時間まで、後1時間59分。
・第7区(国府津〜酒匂川〜小田原三叉路)
ここから先は、私にはランニングでは未知の世界。洋子のこれほどまでに辛そうな姿も見たことはない。が、ここ迄来たら走るしかない。キロ8分は維持したい。湘南バイパス越に見えるだろう太平洋にも目をやる余裕はない。そして酒匂川を越える。越すに越されぬと、去年は嘆いたが、「ああ、そうか。」という程度で、感慨に更けることもない。今が精一杯だと、過去を振り返る余裕がない。小田原の市街地に入り、やっとの思いで三叉路が見えた。「9回表に再び1点勝ち越し、後は気力を振り絞って守り抜くだけ」。通過時刻13時57分。残り6.1キロ。制限時間まで、後1時間3分。
・第8区(小田原三叉路〜箱根湯本)
いよいよ最後。(Jog1キロ+Walk1キロ)×3のインターバルで行けそうだと思うと、少し気が楽。三叉路から500m程のところに、「拙者、親方と申すは、江戸より西へ二十里余丁。」の口上で名高い、ういろう売りの本店前がある。ここは、ういろうの他、江戸時代から箱根を越す旅人の為の薬を売っている。が、今回は立ち寄る時間がない。やがて箱根登山鉄道が見えてくる。5年前、初めて参加した時、私はあの電車の中から、坂を上る山口さんを見ていた。今年は初めて二人で走っている。ゆっくりとしたペースだか、歩くことはない。タケ2号の「後少し。」との励ましに元気付けられる。風祭を過ぎ、最後のコンビニで水分補給。時間内には到着できる、と確信。ところが、その先、箱根新道への分岐点で迷った。地元の方に側道を教えていただいたものの、余裕をなくす。「9回ツーアウト、ランナーなしから、三塁打を打たれた」。必死のピッチで坂を越えると、湯本駅前のホテルが見えた。もう1キロもないだろう。この時が、今回の中で一番、嬉しかった。「最後の打者をツーストライク、ノーボールに追い込み、内角高めに渾身のストレートを投げ込む」。湯本駅構内の人混みを避けて二人で走る。残り100m。到着予定時刻は14時52分。制限時間まで、後8分。
・終わって見れば
完走できた。なんと言っても、サポートのお陰で身が軽かったのは大きな要因だ。戸塚の踏み切りで引っ掛からなかったのも良かった。天候にも恵まれた。それでも、やはり爆発的な喜びはなかった。各区間毎に多少の出入りはあるものの、4,6区の遅れと、5区の貯金は想定範囲内で、全行程ともほぼ予定通りに進んだためかも知れない。予定通り、つまりは今の力通りの結果。それはもしかして、刺激がないのかも知れない。しかし、洋子と完走を目指し、最後まで二人で懸命に走ったことは事実だ。完走できそうだと思うとわくわくしながら走っていたことも現実だ。それにも拘らず、何故か足りない充足感。それは、一つが終わった瞬間に次の目標が出来てしまうからかも知れない。
次の目標。カッパ天国で割り勘負けしないようにもっと早くゴールするのか。通過予想時刻どおり走れる計画をたて完璧に実行するのも面白いだろう。或いは、どこかのレースで100キロに挑戦するのか。その答えは自分の中では見つけている。
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