IRONMAN CANADA (ヨウジ)

8/27
長い移動だった。やっとホテルについた。現地時間の21時を過ぎている。
日本を出発して17時間以上だ。暗くて町の状況が分からない。
30日のレースまであと中二日だ。この日はぐっすり寝る。

8/28
午前中選手受付。夕方パーティ。平井さん、松野さんの部屋で4人で
一時過ぎまで2次会。

8/29
レース前日だ。7:00前に起床しSWIMスタート会場で少し泳いだ。
睡眠時間は4時間と少し。湖水は冷たくなくSWIMの不安が一気に解消し、
自信が湧いてきた。この時は「やれる」と思った。
朝食後、松野さんと30KMほどバイクに乗った。昼間はアイアンマンの
イベントが数々行われた。不思議と冷静だったと思う。19:00皆で中華料理屋
で食事をする。
21:00明日の準備も終わりそろそろ寝ようとした。同室君は早くも目を閉じて
完全に睡眠体制だ。私はストレッチをしていたらウトウトしてきた。
かなり眠い。今朝のSWIMとバイクと昨日の睡眠4時間が効いているのだろう。
いい感じだ。シャワーを浴びて、21:30に電気を消した・・・・

・・目が覚めた。今、何時かなと思い、その時はちょっとやだな。と思った
だけだった。しばらくそのまま目を閉じていたが、不安が増し、時計をみた。
22:48を指していた。眠れなくなった。いやなことを思い出した。去年のコナ
ハワイ前日にで一睡もできなかったことだ。だんだん眠れない不安感が頭の
中を占めてきた。目をつむり続けたがとても眠れそうもない。0:30アルコー
ルに睡眠を求めようと町を徘徊するように出たがここはカナダだあるわけな
い。無性に寂しくなりつたない英語でフロントの男性に「眠れないんだ」
と喋りかけたら「コーヒーでも飲むか」と言われた。少し気が紛れた。結局、
朝まで眼をつむっていただけだった。

8/30
4:00が来るのも待ちどうしく同室君を起こす。パン2つバナナ2本の食事をする。
同室君に「眠れたか」と聞いたところ「あまり」と答えた。良く寝ていたのにと
思い「私は一睡もできなかった」というと「知り合いの医者が睡眠不足は、
体力的には問題がないと言っていた」と慰めてくれた。そうだコナの時も完走は
できたなと思った。

慌ただしくセッティングを行っているが、眠れなかった不安がかなり頭の中を
占めていた。雲の巣が張っているような頭でカナダ国家を聞き、いよいよスタ
ートした。

バトルがないと聞いていたが、私は結構巻き込まれた感じがした。しかし一人
の目標者を定めついていく。自分としては思いの他調子いいとおもった。
1600Mの右折り返しを過ぎて35分にセットしていた時計が鳴った。いい感じだ。
疲れはない。二つ目の右折り返しを過ぎて目標者がいなくなってしまった。
つらくなってきた。大きく左にそれてしまったようだ。一人旅になってしまった。
集団に戻ろうとするがなかなか戻れない。この辺が未熟なところだ。3000Mを
過ぎてなかなか前に進まなくなってきた。これは睡眠不足のせいではなくスイミング
不足のせいだろう。やっと岸についた。足元の石の痛さと水の流れと4KのSWIM
の影響でなかなか立てない。予想した上半身の痛みはなかった。時計を見たら
1:38だった。たしかここでバナナを一本食べたと思う。

よし、これからだと自分に言い聞かせバイクにまたがる。初めは昨日走った
少し下りのコースだ。下北と同様に目標者を一人定め次々に抜いていく。
調子はまあまあだと思った。15Kを過ぎちょっとした上りがくる。
ここも問題なくクリヤしていく。35分毎にセットしたタイマーがなりカーボ
ショッツを口にする。

このころからだんだんおかしくなってきた。眼がショボショボし太陽が黄色い
感じになってきた。足はなんともない。が、集中力がなくなってきてペースも
段々落ちてきた。そのうち直線を走っていたら眠気で一瞬意識がなくなった。
足は何ともなく「集中力だ」「気合だ」と自分に言い聞かせつづけたが気を失う
回数が増えてきた。30K付近でどうしようもなくなり、画期的なレーステクである
「仮眠」を取ることにした。このテクをレースで使いこなせるやつはあまり
いないはずだ。
道端で横になっていたら、オフィシャルのメカニックの車が来てとまった。
自分は大丈夫でただ眠いだけだと自分なりに説明したところこの先にエードステ
ーションがあるからそこで寝たらいいと説明してくれた。そしてそのとうりにした。
多分10分間くらいだったと思う。案の定、眼はつむっているが眠れはしなかった。
エードステーションの方々にお礼をいい、クッキーその他を口にし再スタートした。
ペースは戻りさっき抜かした見覚えのある人々を再度抜いていく。しかし長くは
続かなかった。50K付近で「仮眠」。70Kの登りの途中で「仮眠」。そして運命の75K
付近の長い下りの途中で気を失いはじめた・・・・

そこは日本の高速道路と同様と思われる。自分のすぐ左横を時速100Kで車が通る
長い下りで、気を失いながら進むのは危険だと思った。ここは「仮眠」テクの
見せ所だ。反対車線におあつらえむきのパーキングスペースのようなものがあり
そこで横になった。そこにはカメラを持った家族の車が一台あり、心配そうに
なにやら話し掛けてくるがよくわからない。自分は寝れば大丈夫だ、寝たいだけだ。
と説明したが通じなかったようだ。そして家族は車を出してどこかへいってしまった。
私は「仮眠」をとり終わると又、また、バイクに跨ったが全然集中力がなくなって
おり「仮眠」の効果も薄れてきたみたいだ。しかし、この時は眠気さえなくなれば
まだ全然行けるはずだと思っており自分に対して歯がゆかった。と、すぐエード
ステーションが現れた。さっきのカメラの家族がいてオフィシャルと俺のほうを指
さしていた。私は止まった。椅子を差し出してくれた。日傘を持ってきてくれ、
氷入りのビニール袋をくれた。この時はじめて今日は暑い日なんだと、思った。
暑さは全然感じなかったので日本はもっと暑いと強がりをいい氷を受け取らなかった。
オフィシャルがドクターを呼んだと私にいった。しょうがないと思った。
この時リタイヤということを考えた。ドクターが到着し私と正対し英語文と日本語文
が対になっている用紙で事務的に質問してくる。多分他にもリタイヤ者がたくさん
おり忙しいのだろう。これ以上迷惑は掛けられないと思った。質問は食欲、吐き気、
頭痛、足の痛み十個ほどあっただろうか。すべてノーと答えた。眠気の項目がなか
ったからだ。最後の質問はまだレースを続けますか? だったそれもノーと答えた。

その後医療所で眠り続ける私は、1000cc点滴を3本受け3時間後開放された。
やはり補給不足だったか。今、考えると結果的にそこでやめてよかったと思う。
あの後続けていたら何があったかわからなかったと思う。

チームの方へ
去年の終わりから、未熟であった私を見捨てず育てて下さいました皆様、
今回のレースをこのような形で終わらせることになってしまい申し訳ありませんでした。
鈴木は来年に向けて又トレーニングに励む所存ですのでこれに懲りず鍛えてください。

平井さん、松野さん、山口さんへ
カナダへ連れていっていただきありがとうございました。
悔しいけど完走おめでとうございます。私もどこかで必ず完走します。

アイアンマンカナダへ
この仇はどこかで必ず討ってやるからな。おぼえとけよ!!!!


反省点 
1.自分は寝られない事が過去にあったのだから睡眠対策をとっておくべきであった。
2.スイムに1:30以上かかるのであればスタート直前に何か口にしておくべきであった。
3.経験不足。もっと経験を積み慣れない海外でも平常心でいられるようにする。
4.完走記ならぬ感想記が暗い文章になってしまった。
5.現在検討中。