2016-10-8 ハワイまで、そしてハワイから…
2016アイアンマンワールドチャンピオンシップ・コナ完走記
Mr.ビーン



<そもそも…のこと>

 この話をどこから書き始めようか。カイルア・コナの海辺でレースがスタートしたときからでもいいし、コナに到着した日の午後からでもいい。それとも成田空港でバイクのチェックインをするところから? いや、それよりハワイへの出場が決まった3月からにしようか…?

 そもそも…、の話をするなら、レガシープログラムの説明からしなければいけないか? それより、去年の12月から始まったキャロライン嬢とのメールのやりとりもドラマティックだったな…。いやハワイへのモチベーションのきっかけになった、関谷さんがハワイのスロットを獲得した2005年のアイアンマンジャパンから? それよりもまず2001年のアイアンマン初出場から話を始めるのもいいか…。いっそ、トライアスロンを始めた23年前のことから……いやいや、そんな完走記は誰も読みやしないだろう。


<カイルア・コナのレストランにて>
 レース前日の午後、スイム会場前のレストランのテラスでビールを飲みながら、ぼんやりと明日のレースのことを考えていた。すぐ前の会場ではバイク預託の行列が続いており、さかんにアナウンスの声が響いている。時おり有名選手がバイクを持って来るのか、アナウンスと歓声が盛り上がる。自分は先ほどバイク預託を終えたところだ。今日はもう何も用はない。
 店の前のアリイドライブではスタート、フィニッシュを作るのに重機やフォークリフトが動き回り、騒音をあげている。
テラスの前のゴールゲートもまだ枠組みが出来ただけで、スタッフたちが飾り付けの作業を行っているところだ。巨大なモニタースクリーンではテスト映像を流し続けている。沖のほうを見ると、昨日まではいい加減に並んでいたスイムコースのブイも一直線にきれいに並べ直されている。

 これがコナか、とうとう来てしまった。

 毎度同じポーズです


 ビーンの名前もちゃんとあります


アリイドライブ、会場を作る作業中

 明日の朝、あの小さな(本当に小さい!!)砂浜から海へ泳いでいくんだな。いちばん先のブイは沖のほうに霞んで見えない。なんて遠いんだ! ほとんど呆然となってビールをお代わりする。緊張感も不安も、ビールと一緒に飲み込んでしまおう。


10月5日(水)

 成田空港を出発したのは10月5日、21時発のハワイアンエアであった。7時間ほどのフライトでホノルルへ、国内線に乗り継いで同じ日の13時にコナ空港に着いた。ホノルル空港の乗り継ぎでは国内線へのバイク預託が事前の説明どおりにはいかず、ゴロゴロとシーコンを引いて自分で移動するのでちょっと手間取った。
 コナ空港からはツアーのバスでコナシーサイドホテルへ。同じ便で到着したのは10人ほど。ホテル到着はもう13時半ころで、日本語の説明会には間に合わず、ホテルの部屋の準備もまだ出来ていないので、とりあえず選手登録だけ済ませようとキングカメハメハホテル(KBH)へ出かける。
 選手登録では日本人ボランティアのMさんが丁寧に対応してくれた。Mさんは一見普通のおばさんに見えるが、88年にびわ湖からハワイに出ているのだ!(これは後で知った) 支給品の中身を確認し、大会当日の朝の諸注意の説明を受ける。

キングカメハメハホテル、登録会場への通路


選手登録、一人ずつボランティアが受け付けてくれます


ここがスイムのスタート

 気になっていたのは、バイクにエアを入れてからポンプをホテルの部屋に持って帰ることが出来るかどうかであったが、これは問題ないとのこと。 いったん部屋に戻って、できればトイレにも行きたいし…。

 その後ホテルにチェックイン、自分の部屋は3階の海側の端で、ベランダからはスタート、フィニッシュの周辺が望める。ひと息ついてエキスポへ、それからまたキングカメハメハホテルへ出かける。

 4時からレガシーアスリートだけのレセプションがあるのだ。会場は芝生の庭園で、軽食のビュッフェが並び、フルーツポンチのような赤い飲み物が用意されている。集まったのは約100人ほど、たぶん選手の方が少なくて、家族などのほうが多いようだ。赤い飲み物は飲んでみたらグァバジュースだった! 食べてジュースを飲んでいるとやがてセレモニーが始まった。
 WTCのCEOはじめお偉方の挨拶があり、そのあと来賓の挨拶がある。まず往年のヒーロー、マークアレン(すごーい!)がスピーチ。まったく分からないが、ユーモアも交えて感動的なスピーチであるらしい。
昔、びわ湖のテレビ放送を見たのだが、バイクでただ一人、他の日本人選手を寄せ付けず独走するシーンは今も脳裏によみがえる。
 次はデイブスコット、この人のレースは知らないが、黄色いスコットバーは今でも持っている。
 最後はジュリアロバーツ(!?)、いやこれは違うな、(そのような名前だったと思います)、この人も往年の名選手らしい。どうも若いころに比べて言語中枢が衰えているのか、単語の断片すら聞き取れない。残念なことである。


レガシーのパーティWTCの偉い人たちが挨拶


レガシーアスリートたち

レジェンド、マークアレンのスピーチ

 今年、レガシーでの参加者は日本人は自分だけである。
体全体にタトゥーを施した東洋系の選手に声をかけてみた。顔は中国系なのだが、カナダから来たのだという。国籍はと聞くとマレーシアだという。おそらく東洋系はこの人と自分の2人だけ。
レガシーアスリートといっても自分のようにどこから見ても特別枠だな、というのは一人もいない。
みんなちゃんとしたアスリートタイプの選手ばかりなのだ。これではますますレースが思いやられる。隊長からは「ハワイまで行って一人練習会になるなよ」とクギを刺されているのだが…。
 適当に飲み食いしてホテルへ戻る。シーコンからP3を解放してあげなければいけない。バイクを組み立てて本日の予定は終了。


10月6日(木)

 軽く朝飯を食べ、バイクの試走にでかける。ホテルの前からけっこう急な坂を登って大きな交差点を左折する。おお! これが州道19号線、クイーン・カアフマヌ・ハイウェイ、かの「クイーンK」だ! 延々とはるか先まで続いて見える。
この道をひたすら北へ、バイクコースと同じように走ってみる。しばらく行くと左手にコナ空港の管制塔が見え、やがてお尻のように二つに割れた赤っぽい山が見えてくる。これは小さな火山で噴石丘というものらしい。さらに北へ、セメタリー(墓地)を過ぎたところでUターン、約45キロのコース下見ライドであった。
 ホテルに戻ってそのままの恰好でスイムに出かける。
 今回のハワイ出場で、頭を悩ませたことの一つはスイムウエアのことだ。ウェットスーツはもちろん禁止。(いちおう24.5度という目安はあるらしいのだが、まずこれ以下になることはないのだろう)、普通の人はROKAなどのスイムスーツを着るのが普通だそうだ。32さんはアイアンマンエキスポの会場で買うのがお得だろう、というアドバイスだった。しかし浮力の効果はない上に、呼吸が苦しいだけだったら意味はないな…。関谷さんはビーンはお腹に浮袋がついているから大丈夫だ、という意見だった。それで、ひとまずバイクパンツのままで泳いでみようというのが今回の試泳の目的である。

 出発の直前に愚妻が、いや賢妻がガーミンをプレゼントしてくれたので、使い方も分からないまま持ってきている。ひとまずトライアスロンモードにしてスタート。小さな砂浜から海に入り、気を落ち着けて、ゆっくりとスタート。水温はまったく冷たくはない。岸近くからすぐ海底にはサンゴが現れる。熱帯魚もたくさんいる。アスリートガイドで踏まないように注意があったウニもたくさんいる。日本ならあっという間に取り尽くされてしまうであろう。しばらく沖へ、赤いブイを2つ過ぎ、さらに1つ先の黄色いブイまで泳ぐ。バイクパンツはちょっときつめで、お腹が苦しいかも…。沖で立ち泳ぎをしながらあたりを眺める。 こうしていると数か月間、「ウエットなし、一直線往復コース」のスイムの不安に悩まされたことなど嘘のように思える。泳いでいる最中にこれで海岸から○百メートルくらいだな、とか、ここだと足はつかないよな、などと考えるといけない。ハワイだってこれまでのアイアンマンと何も変わらない、ウェットスーツを着ないほうが却って呼吸は楽だし、6月のケアンズみたいな大波でさえなければ問題はない…はずだ。

 午後は海岸沿いのアリイドライブを少し行ったところにあるアイアンマンビレッジへ出かける。エアボンベ2本とトップチューブに着けるバッグを購入。32さんの話していたROKAの店にも人だかりがしている。あと人気なのはシューズの紐をワンタッチで締められるパーツの店で、これを取り付けてもらうのに行列が出来ている。バイクではオフィシャルスポンサーのVENTUMというダウンチューブのないモデルでトップチューブが大きな水タンクになっているもの。ここまでくると何やらプラモデルみたいであまり好きではないなー。
 18時からウエルカムパーティがある。同じツアーの70-74の愛知のKさんと、熊本のFさん(女性)、東京のMさん(女性)と同席。フラダンスがあり、ポリネシアンのダンスがあり、たいまつを振り回しての踊りがある。あとの式次第はだいたいいつものアイアンマンと同じ。途中、コナ出場回数を問う呼びかけがあり、15回などというのは多数、20回も相当数、30回という人も1人いた。

 パーティの最後に選手説明会がある。バイクでは6車長の車間をとること、ドラフティング、ブロッキングの禁止、追い抜きは25秒以内に完了するなど、ほぼ通常のルール。ドラフティングとゴミの投棄はブルーカードで5分のペナルティ、ブロッキングはイエローカードでストップアンドゴー、いずれも提示を受けたらペナルティテントで申告すること、などなど。英語が分かるMさんが時々要点を教えてくれる。あとはカットオフタイムのこと。スイムはスタートから2時間20分、バイクでは10時間30分。途中のカットオフ地点がバイクでは4箇所に増えているとのこと。


10月7日(金)

 今日はバイクをチェックインしなければならない。ゼッケン1000番までは2時半までとなっている。エイジグループは最年長の日本人Iさんの170番から始まる年齢順で、自分は338である。まだ時間はあるから朝のうちにもう一度泳いでおこうと、7時ころ部屋を出る。エレベータで赤フンの選手に遭遇、これからアンダーパンツランに出かけるらしい。まあ別に見物しなくてもいいや、と海へ。スタートの入り口にはバルーンのゲートと階段が設置されている。今回はお尻のパッドの薄いZootのパンツに履き替えている。このほうがラクに泳げるな、本番はこれにしようと思う。沖へ出ると皆が大きなボートの回りに群がっている。これがコーヒーのボートだ。自分も船べりに掴まってコーヒーをもらう。たしかにおいしいコーヒーであるが、もう少し落ち着いて飲みたい気もする。
 試泳の時のルールは右側通行となっているのだが、どこから右やら適当に泳いでいたらいきなりガツンと頭に衝撃、左のゴーグルが目にめり込むほど痛い。一瞬これはヤバいと思ったが、たいしたことはなく、ソーリーと謝って、これにて練習は終了。
 海から上がってみるとアリイドライブではパンツランの最中、揃いの赤フンで日本人選手もやってくる。

 部屋に戻ってトラバッグの中身を最終確認。バイクは明朝触ることができるが、バッグはもう触ることが出来ない。ベランダから眺めると、もうずいぶんバイク預託に列が出来ている。そろそろ行くか、致命的な忘れ物はないか、念を入れて最終確認する。

 バイクの預託は、トランジッションの出口、まさにバイクスタートと反対の方向から並ぶ。
入り口でシューズメーカーのスタッフか、レースの時にはくシューズを質問される。ブランドのマークがたくさん描かれたボードを指さして「ミズノ」と答える、…何もくれない。ゲートをくぐると各メーカーのテントが並んでおり、自社のユーザーにTシャツやらタオルやらを配っている。サーベロのテントでTシャツをもらう。さらに進んでいくと、右側に各メーカーのスタッフが列になっており、バイクのフレーム、ホイール、ヘルメットのブランドなどをチェックしている。最後にバイクの撮影があって、そこからバイクエリアへ。
 選手一人一人にボランティアがついて、自分のラックまで案内してくれる。どこから来た? ハワイは何回目か? クオリファイはどこで取ったか? などと女性のボランティアが歩きながら話しかける。日本から来た、初めてのハワイだ、クオリファイではなくレガシープログラムで出るのだと説明する。選手、ボランティアに関わらず、レガシープログラムの認知度はあまり高くない。

 バイクラックは広いカイルアピア(埠頭)の奥まったほうからゼッケン順に並んでいる。木の枠で出来たラックに後輪をはさんで立てる。バイクシューズはペダルに固定してもよいが、バイクの下には何も置いてはいけない。ヘルメットはDHバーに掛ける。それからトランジッションのテントへ行き、バイクのバッグ、ランのバッグをそれぞれの場所に掛けてすべての作業は終了。ボランティア嬢の「がんばって」の笑顔に送られてバイクエリアを出る。

 もう今日はやることはなにもない。では、とゴール前のレストランへ。「ロングボード」というブランドのビールでまずはレース前の祝杯をあげる。いよいよだ、いよいよ明日の朝なんだ。半年以上も思い煩ってきたスイムの不安や、あれやこれやの心配も、明日で決着がつく。遅いのは仕方ない、完走するだけだ。

そうだよね、関谷さん…。お代わりのビールをもらって関谷さんに乾杯。


0010 バイクエリア、自分は奥の方


バイクのチェックと写真撮影


ビールを飲みながら、コナの海を眺めています


前日の夕方、フィニッシュゲートも完成


10月8日(土)

<スタートまで>
 いよいよ、10月の満月に一番近い土曜日、ではない、今は第二週の土曜に固定されている、コナ大会の朝だ。(レセプションパーティの夜に見た月はまだ細い三日月だった)。昨夜は9時前にベッドに入ったのだが、やはりなかなか寝付かれなかった。それでも3時間は寝たようなので大丈夫、なにも問題はない。早く目が覚めてしまって、ベランダから見ているとスタッフや選手たちが歩いている。まだ充分時間はある。アルファ米の五目ご飯を作り、インスタントのスープを作る。調理に使えるのはコーヒーメーカーだけである。あとはホテルの1階に電子レンジがあるらしいが、フロントで鍵をもらって使う仕組みらしいので、こんなときには当てにするわけには行かない。

 チューブの梅とパワージェルをフラスクに詰めて準備はそれでおしまい。ボディマーキングは4時45分から始まっているが、もう5時を回っている。そろそろ急がないと…。足首にタイムチップを着け、プレスイムバッグとポンプを持ってホテルを出る。

 ところが、である。

 人の後ろについて行ったら、なんとそこは立入禁止の行き止まりになっている。大会当日の選手登録の場所を勘違いしていたのである。自分の後ろについて来た選手も同様だったらしく、まわりの人に何か聞いている。それで方向転換、自分もその選手のあとについていく。
 エキスポの横からKBHの駐車場へ回るとそこが選手の入り口であった。すでに大勢の選手が詰め掛けていて、一向に動かない。

これはしまった…。30分ほども並んで、ようやくマーキングのテントの入り口へ。ところがプレスイムバッグと一緒に持っていたABCストアの袋がチェックに引っかかってしまった。正規の透明のバッグ以外は持ち込み禁止なのである。
慌てて中身を出して、袋を放棄してテントの中へ。タトゥシールをもらってボランティアに貼ってもらう。ここでも女性のボランティアが笑顔で話しかける、「コナは何回目?……」。さらに体重の計量があって、ようやくバイクエリアへ入ることが出来たときには6時を回っていた。

 タイヤにエアを入れ、エアロボトルに水を入れ、補給食をセットする。バイクエリアにはポンプが多数用意されているから、自分のポンプを持っていく必要はない、と事前に説明は受けていたのだが、ポンプを探したり、順番待ちをしたりするのも嫌だし、エアが入らないなどのトラブルもいやだ、以前ニューヨークのときには、ポンプのエア圧の表示単位が日本とは異なっているので面食らった記憶もあるので、できれば使い慣れた自分のを使いたい。プレスイムバッグと一緒にはポンプは預からないというので、いったん部屋に戻るつもりで持ってきている。準備を終えて、一旦ホテルの部屋に戻る。不要なものを置き、もう一度トイレを済ませる。

と、会場から国歌斉唱が聞こえてきた。これはまずい、いよいよプロのスタートが始まるらしい。あわててスタートエリアに戻る。まだエイジグループの選手達は自分の準備に専念しており、さほど慌てている気配はない。ようやくほっとする。

 スイムキャップをかぶり、ゴーグルを着けて、スタートと反対側の砂浜で試泳をする。すでにホテルとの往復でアップは出来ているので、ゴーグルを眼になじませるだけである。ほんの50メートルほど泳いで上がる。すでにプロの男性はスタートし、女性が続いてスタートする。エイジグループは6時55分に男性が、7時10分に女性がスタートする。スタート前に集まっている選手達を眺めると、ほとんどがROKAやTYRなどのスイムスーツを着ている。自分のようにパンツだけ、上半身裸というのは100人に1人くらい、それもほぼ年寄りしかいない。
 やがてエイジグループのアスリートたちが沖へと泳ぎ始める。100メートルほど先にスタートラインがあり、ほとんどの選手はフローティングでスタートを待つのである。自分と同様に後方からスタートしようという選手も数十名いて、砂浜から左の方で海の中にお腹まで浸かって待機している。自分も砂浜から海に入って待っている。使い方のよく分かっていないガーミンを起動し、衛星をキャッチしてスタートの合図を待つ。

やがてプー、とチアホーンの音がして、周囲の選手たちが沖へ泳ぎ始める。あれ、大砲じゃないの? ガーミンをスタートして泳ぎ始める。しばらくすると選手たちが待つスタートラインの後方に到達、やっぱりあれはスタートの合図ではなかったんだ、と思ったとたん、「ドン!!」、おお、これがスタートの号砲だ! いよいよスタート。ゆっくり、ゆっくり、他の選手に干渉しないように泳ぎ始める。


<SWIM>
 予定どおり最後方、コースのなるべく左端と思われるあたりを、一つ目のブイを目指して泳いでいく。色とりどりの魚がサンゴのあいだを泳いでいる。すでに太陽は上がっているはずだが、往路は右オープンだと西向きの呼吸になるので太陽は見えない。陸も背中の方向になるので見えない。ブイの間隔は300メートルほどかと思える。しばらくすると大半の選手は前方へ遠ざかっていく。自分の周辺に泳いでいる選手も次第に少なくなっていく。女性のスタートが15分後だから、速い選手に追いつかれるのは30分後くらいからだろうか、と想定している。それまでにできるだけアドバンテージを稼いでおきたいものである。もうそろそろ500メートルくらいか、もう間もなく女性がスタートするはずだ。速い選手は1000メートル過ぎから追いついてくるだろう。

 スイムは苦手、と日頃から広言している自分だが、練習もロクにしないで苦手もないもんだ、と諸賢は思われるだろう。まったくその通り、練習不足など自慢にもならないのだが、それでも今年はスイムの練習に励んだつもりだ。レガシーでの出場がほぼ確実になった3月から、せっせと辰巳に通って泳ぎ込んだ(自分としては、である)。
 夜の辰巳プールはすいていて、自分より遅いスイマーも多いから、ゆっくり泳ぐにはうってつけだ。他のプールではこうは行かない。6月のケアンズでは大波の中をなんとか完泳、もちろんウエットは着用だったが、これは自信になった。7ー8月は毎週のように葉山に出かけて海水浴場で泳いだ。

 その成果か、ハワイの海でも平静を保って泳げている。本番の緊張感もいい方に作用しているように思える。

 そろそろ1000メートルか、薄曇りの空からも時おり日差しが感じられるようになってきた。グッドウィルの武藤さんの話では沖に出ると冷たいところがあるとのことだったが、水温はまったく気にならない。やがて後ろの方から女性選手の集団がやってきた。ブイとの間隔を広く開けていたのは正解で、自分の右側をどんどん追い抜いていく。ひとしきり速い集団が行ってしまうと、あとはずっと一定の間隔で追い越していく。そろそろ周回のブイが見えないか、と気になりだす。アスリートガイドのコース図には周回ポイントに船の絵が描いてあって、それを回るようになっているのだが、船らしき姿もいっこうに見えない。いや、あれは絵としてかいてあるだけで、実際には船はないんじゃないか?きっとこの次のブイを回るんだろう、などと考えているが、次のブイも、また次のブイも皆直進していく。
 さすがに1.9キロの直線は長いなー。あきらめの境地に達したころ、ディーゼルエンジンの排気の匂いが感じられるようになってきた。おー、ようやく船が見えてきた。ここを右へ周回、ブイに接近すると女性集団とバトルになるので大きく回る。結構大きな観光船なので、これを回るのにも数分を要する。ガーミンを見ようか、どうしようか、どうせ速くはないだろうし、これ以上のペースでは泳げないのだから見ても仕方ない。ようやくスイム後半、右手にハワイ島の景色を眺めながら泳ぐようになる。太陽は島の上に上がっているが、薄雲りだからさほどまぶしいわけではない。
 往路と同様に一つ一つブイを目標に泳いでいく。やがてスイムコースの右手前方に白いホテルが見えてきた。海から見るとゾウの鼻のような形に見えるのだが、それがほぼ中間の1キロ地点くらいになる。ツカちゃんが言うには、そのホテルがなかなか過ぎていかないんだよね、とのことだった。確かに、なかなか近づいてこない。やがて追い越していく女性選手たちの数が次第に少なくなっていく。それと反対にサーフボードのライフセーバーの姿が目立って増えてくる。そろそろ最後尾が追い上げてきているのだろう

 ゾウの鼻のホテルがやがて右に見え、ゆっくりと後方に過ぎていく。やがてコナの街が遠くに見えはじめ、ピアの先端に立てられている巨大なゲータレードのボトルが見えてくる。まだ回りにはちらほら選手もいるし、ここまでくればスイムの足切りはないな、と思う。スイムゴールの港の入り口にはこれも巨大なROKAのフロートが立てられていて、ここを過ぎれば残り100メートル。ようやくスイムゴール、仮設の階段を登り、入り口にたくさんぶら下がっている水道のホースで水を浴びて、トランジッションへ。
Swim 1:47:25 2267 (69)


<BIKE>
 スイムではいていたZootのパンツはそのまま、昔のチームユニフォームのパワーバーのジャージを着る。バイクラックまでは200メートルくらいあるから、バイクシューズは手に持って走り出す。バイクはもうまばらにしか残っていない。
ヘルメットをかぶり、バイクシューズをはいてスタートへ。もうすでに最後方であるが盛大な応援の中を、KBHとコナシーサイドの間の坂を登って左折、街外れを一周回してコナから南へ向かう。ここから最初の折り返しまでは7キロほど、街中なので応援も盛大である。対向車線には続々と選手が折り返してくる。
 やがて折り返し、やはりグローブをしたほうがいいな、走りながらグローブをはめる。再びコナの街へ戻ったところで15キロほど、急坂を登って左折、ここからクイーンKをひたすら北へ、最北端のハウィまでの一本道である。最初の20キロほどは一昨日試走している。はるか先までアップダウンが続き、距離感もよくわからないほど広大な風景が広がっている。左側には間もなく空港の管制塔が見え、やがて一昨日も見たお尻の形の山が見えてくる。道路の左右には溶岩の平原が広がっている。まばらに草が生えているだけで木立はないから、ずっと地平線まで見渡せる。さえぎるものは何もないから風も吹き放題に吹くのだろう。しばらく走っているとまったく音が聞こえないのに気がついた。スピードは35km/hほど、タイヤが路面をトレースする音と、チェーンがギヤを回す音だけ、顔にも風が当たらない。これは追い風の中にいるのだ。これが復路は強烈な向かい風になるのだろう。昨日、シーポの田中社長が言っていたが、ハウィまでの長い上りは向かい風になるから、そのタイムロスをリカバリーしようとして折り返しを過ぎてから足を使いすぎてしまうのだという。とにかく無理をせずイーブンペースで、というのがアドバイスだった。追い風は長くは続かず、ひたすら長いアップダウンを越え、地平線を何度も過ぎていく。
 はるか先で道が上の方へ折れ曲がるように見え、そこから上りになっているのは明らかなのだが、そこまでが下っているようには見えない。実際には長い下りと長い上りが交互に続いているのだが、下りでもペダリングを休めるわけではないから、上りだけがはっきりとわかる、辛いコースだ。やがて左前方にハワイ島の北端の方が見えるようになる。
 いやーでかい島だなー、本当に雄大な風景が広がっている。あそこまで行かなきゃいけないの? やがて50キロ地点くらいか、トップの選手がやってきた。もう来るのか、とにかく速い。ひとしきりプロの選手が行ってしまうと、やがてエイジグループの選手があとからあとから続いてやってくる。

 やがて70キロほどで三叉路を左へ、19号から270号へ入ると海岸沿いの道になる。ここから折り返しまでの数キロは長い上りが続く。最初のうちは追い越していく選手もちらほらいたのであるが、もうすでにそれもない。前後の間隔もあいて、ほぼ固定化している。やがてハウィの折り返し手前、長い上りにさしかかる。先ほどから抜いたり抜かれたりしているのは両腕のないハンディキャップの選手。それから坂が苦手らしいおばさんの選手など。坂の途中でシーポの田中社長が応援してくれる。「まだ時間は十分あるよ」とのこと。数回の階段状になった坂を上り、ハウィの折り返しでほぼ中間地点の95キロ。ここから後半に入る。ここの通過タイムはスイムスタートからほぼ6時間、時間は13時くらいだからカットオフタイムの14時まで、あと1時間の余裕しかない。

 バイクゴールのカットオフは10時間30分。スイムで2時間かかればバイクは8時間半でアウトとなる。意外に厳しいのである。同じツアーのたぶん50代の選手は、今回2度目の出場とのことだが、前回はバイクでタイムアウトになったと言っていた。メカトラブルでもあればあり得ないことではない。

 いろいろな人の話を総合すると、バイクコース後半でのタイムロスが大きいらしい。マツさんは「バイクは折り返しまで3時間、帰りは4時間」と言っていた。ハウィの折り返しまで4時間かかっているから、このまま行ってもバイクゴールで8時間かかる。スピードダウン、タイムロスがあれば8時間半、そうするとカットオフタイムにひっかかってしまうことになる。これは厳しい、なんとしても後半のタイムロスは避けなければならない。ハウィからの下りはけっこう急でスピードも出るのだが、横風が強烈だ。時おり左の山側から吹く強い風を警戒しながら坂を下る。対向車線にはちらほらと遅れてバイクがやってくる。ハンディキャップ選手の手動三輪車もやってくる。

 今回、自分で用意した補給食はパワージェル4つ分と梅チューブ2本分だけなのだが、当然これでは足りない。エイドステーションではバナナや「クリフ」というバーをもらう。ところがエイドもフルに機能していたのは最初のうちだけで次第に開店休業状態になってくる。それはそうだろう、なにしろ自分の後ろには多分数えるほどの人数しかいないのだ。バナナも最初のエイドのうちはしっかりとしていたのだが、次第に柔らかく、フニャフニャになってくる。後半のエイドになると一日中陽に当たっていたせいか、子供のボランティアが渡してくれるそれは、もうグニャグニャで皮に近いほうはドロドロに溶けたようになっている。それでも捨てちゃ悪いから仕方なく食べる。後半のガス欠が怖いので、バーなどもらえるものはもらって背中のポケットにいれておく。復路も半ばを過ぎると水がなくなってきた。甘いゲータレードばかり飲んでいると、水が欲しくて仕方ない。たまにペットボトルの水を持っているボランティアにもらおうとすると、これは飲んじゃダメだという。ドリンクを冷やすバケツの氷の溶けた水を、頭からかけるようにペットボトルに詰めてあるのだ。そろそろエイドステーションも店じまいをはじめている。

 残り30キロほど、ゲータレードを余分にキープして、バイクゴールまでの水分補給はこれで大丈夫。だけど水が飲みたい…。延々と続くハイウエイを南へ。ガーミンは使い方が分からず、スイムスタートからの時間しか分からないが、なんとかカットオフタイムはクリアできそうだ。来たときとは逆にセメタリーを過ぎ、空港を過ぎる。あとはパンクさえしなければ大丈夫だ。

 やがて空港を過ぎるとコースの左側がランコースになっていて、たくさんのランナーが走っている。ランもこの辺は中盤過ぎだろうから、自分より3~4時間先行している選手たちであろう。もうバイクは少ないから、バイクコースのボランティアはヒマそうである。バイクが来るのを見つけて慌てて応援してくれる。クイーンKの最後の坂を上って右折するとコナの街に入る。坂を下りきってゴール。トランジッションバッグをもらってテントへ。
BIKE 7:42:40 9:36:32 2229 (68)


<RUN>
 トランジッションのテントではボランティアが着替えを手伝ってくれる。ランシャツ、ソックス、シューズと次々に手渡してくれる。パンツは替えないのか? パンツはこのままでいいです…。着替えたものはすべてバッグに入れてくれる。こうやって手伝ってもらうと、いつになくテキパキとトランジッションが済んでしまう。いつもみたいにトランジッションでのんびりできないな…。バイクもランも、トランジッションタイムだけは多分自己ベストだ。

 テントからランスタートへ。しまった、ゼッケンベルトを外すのを忘れていた。近年のアイアンマンではバイクでゼッケンの着用が求められていないようなのだが、ゼッケンが2枚支給されていたこともあって、ゼッケンベルトに1枚、ランのシャツに1枚付けておいた。バイクでも必要ないかと思ったがとりあえず着けていたら、強風にバタバタしてわずらわしかった。それをそのまま着けてきてしまったので、前と後ろにゼッケンを着けるという、なんともご丁寧な仕儀となったのである。戻るわけにもいかないから、まあいいか。

 走り出すと、足は意外なほどよく動く。コナシーサイドの角を右折して500メートルほど行き、さらに右折してアリイドライブへ下っていく。説明会でも、アリイドライブに出たら「最初は左折」と言っていたな。もうほとんどの選手はここを右折していく。ここで間違えて一緒に右折してしまうと、あと500メートルくらいでゴールしてしまうのだ! ちゃんと間違えずに左折する。このへんの応援はコース全体でも最大級である。盛んな応援のなかを、最初の折り返しを目指して南へ。アリイドライブの右手には海岸線が続く。もう太陽はかなり西の水平線に近く、夕空を赤く照らしている。

 最初の折り返しまでは8キロほどか、アリイドライブを再びコナへ戻る。復路はめっきりと応援が少なくなっている。コナシーサイドの角を今度は右折して坂を登る。この坂はバイクでもランでも急である。皆歩いているので自分も歩く。走る意味がないほどの坂なのだ。ここからバイクコースと同じように左折してクイーンKへ。
ランコースは大雑把に言うとスタートから最初の折り返しを経てコナまで戻って3分の1、コナから空港手前の折り返し(エナジーラボ)までが3分の1、そこから残りゴールまでが3分の1という感じだろうか。クイーンKはそろそろ暗くなりかけている。エイドで蛍光の輪をもらう。用意のいい選手はヘッドランプを付けている。クイーンKも照明のあるところとないところがあり、三日月の月明かり程度ではまったく明るくない。「ランコースなんか真っ暗だよ」と隊長に脅かされていたので、100均のLEDランプを持ってきた。これをマジックテープでランキャップに取り付けているのだが、まあないよりはマシ、という程度。対向ランナーへの目印にはなる。確かに、何も明かりを持っていない選手が突然向こうから来るとびっくりするくらい暗い道なのである。

 調子がいいと思ったのは最初の折り返しまで、かろうじてキロ7分のペース。10キロでは8分、20キロ地点を過ぎると、とうとうキロ9分、ペースは落ちるばかり。25キロ地点でクイーンKから左折、エナジーラボへの道に入る。入り口にエイドがあって、あとは真っ暗。遠くに高い仮設の照明灯があって、あれが2つめの折り返しかなと思う。暗い道はいっそう長く、遠く思える。折り返しまでいけばスペシャルのバッグがあるはず。といっても、大会で支給されたレッドブルを入れてあるだけだが、これはエイドでも普通に置いてあるから、とくに意味はない。折り返しかと思っていたのはコースの曲がり角で、本当の折り返しはまだ先である、遠いなー。やがて、やけに立派なスポンサーのバルーンのアーチがあり、ここが折り返し。ここで28キロくらい

 スペシャルのエイドでレッドブルを飲む。これで何とか復活したいものである。先ほどから自分では走っているつもりなのだが、速足で歩いている女の2人組に追いついたり追い越されたりしている。追い抜いてもエイドで追いつかれてしまうのだ。何度めかに追いつかれたときに「一緒に行きましょう」みたいに誘われたのだが、他の場合ならともかく、レースの今は遠慮したい。でも追いついたり追いつかれたりしているのも気まずいので、何とかここで振りきってしまおうと走り出す。3キロくらい走れば大丈夫だろう。

 コースはふたたびクイーンKに戻って、かろうじて走り続けている。折り返し付近ではキロ9分50秒まで落ちていたベースもなんとか7分台に戻した。クイーンKはけっこうアップダウンがある。夜目にはよく分からないのだが、はっきりと足には来る。上りになると走るのが嫌になるのだ。エナジーラボの帰り道は結構上り坂で歩いてしまったのだが、もうこれ以上歩くのはダメだ。自分にそう言い聞かせつつ、かろうじて走っている。長く暗い復路の35キロ、レッドブルでいったん復活したかに見えたペースもすでに8分台の後半に戻ってしまった。エイドステーションももう閉店間近、ランナーももうまばらにしか来ないから、音楽を大きな音で流して、自分たちが楽しんでいる雰囲気である。それでも、ランナーが来れば、水はどうだ?コーラはいらないのか?と呼びかけ、グッドジョブ! ユールッキングッド! と応援してくれる。やがてコースは長い上りになって、これを上りきれば多分あれが最後のエイドのはずだ。

 コナの街へ向かう最後の急坂を下って、コナシーサイドの信号を左へ曲がって、ここからラスト1マイル。ゴールへは遠回りして南側から回り込むような形になっている。再びアリイドライブへ出る。今度は2回目だから「右へ」曲がるのだ。(もちろん、この時間もう左へ曲がる選手はいない)。ゴールまであと500メートル。 アナウンスの声と歓声が聞こえてくる。

“You are an IRONMAN!”

フィニッシュロードです




フィニッシュ


Tatsuya Tsushima
Overall Rank: 2125
Div Rank: 65
BIB  338
Division  M60-64
Race Summary
Swim  1:47:25
Bike  7:42:40
Run  5:49:18
Overall  15:34:54
T1: Swim-to-bike  6:27
T2: Bike-to-run  9:04





 ゴール後、ボランティアがタオルをかけてくれて、Tシャツのテントまで連れて行ってくれる。Tシャツとメダルを貰い、写真を撮ってもらう。小さなハンバーガーをもらって、椅子に腰かけて食べる。それでおしまい。今日の内にバイクを引き取らなければいけないのだが、確かバイクの引換券というのがあって、ホテルに置いてきてしまった。いったんホテルに戻って探してみるが見つからない。しかたなく再びバイクエリアにいくと、問題なくバッグとバイクを回収できた。やれやれ、と部屋に戻ってシャワーを浴び、ビールで祝杯をあげる。ベランダに出ると、まだゴールは続いている。しかしもう他の人のゴールも見に行く気にもならない。

 結局、リストの選手2374人中完走は2207人。そのうち半数近くが10時間台、11時間台の選手で1500人以上いる。ほぼ想定どおりだったとはいえ、自分の後には80人ほどがいるだけ。さすがにハワイのレベルは高いのだ。レガシーで参加している選手だって、皆、なんでキミがスロットでクオリファイがとれないの? みたいな奴ばかりだ。それから、ツアーでお友達(?)になった人たちのことである。75-79のKさんはバイクゴールでカットオフになってしまった。エイジ1個下のMさん(女性)は13:39、エイジ1個上のFさん(女性)は16:20という結果だった。


チャンピオン、ヤン・フロデノのスピーチ


 最後に、いろいろアドバイスをいただいた鉄人クラブの諸先輩、激励をいただいた皆様に感謝申し上げます。
 それとキャロラインに… Very Best Thank you!

もう一つ、長々しくつまらない完走記を最後までお読みいただいたチームメイト皆様に(ほんとに読んだ?)プレゼント!
 次のクイズに答えて、素敵な(?)賞品をゲットしよう!

問題:今回のツアーではハワイアンエアを利用しました。帰りの機内でビーンが観た映画はどれとどれでしょう? 次の5つのタイトルの中から2つ選んでお答えください。
1 「ブルース・ブラザース」
2 「プラダを着た悪魔」
3 「テルマエ・ロマエ」
4 「ユー・ガット・メール」
5 「カポーティ」

回答は鉄人専用メーリングで、賞品がなくなり次第終了とさせていただきます。