2010-6-27第4回はつかいち縦断みやじま国際パワートライアスロン大会2010 完走記ヨッシー

日時:2010年6月27日(日) 8:30スタート(制限時間7時間)
天候:強雨

レース結果およびコース概要
SWIM: 2.5km  0:57:21 (瀬戸内海の宮島海峡を厳島神社の大鳥居から本土までのワンウェイコース)
BIKE:55.7km  3:08:26 (中国山地を縦断、4つの峠を越える高低差約850mのワンウェイコース)
RUN :20.0km  2:07:26 (標高700m地点から900m地点まで登って降りる坂道コース)
TOTAL         6:13:13 (総合229位/301人、男子218位/283人、男子46-55歳48位/68人、DNF40名)

<はじめに>
 我が故郷、広島市佐伯区の西隣、廿日市市で開催された「第4回はつかいち縦断みやじま国際パワートライアスロン大会2010」に出場した。地元出身者としては、なじみの場所での大会であり、2007年の第1回以来、何とか出場できないものかと、ずっと気になっていた大会。今年、いろんな幸運が重なって、4回目にして、やっと出場することができた。

 スイムは、世界遺産の厳島神社の海に浮かぶ大鳥居をスタート、宮島海峡を横断して、本土に上陸、バイクは合計で4つの峠を越え(最後の峠の標高は850m)、ランは、標高700mから標高900m地点まで登って降りる、距離は短いものの、非常に厳しいコースである。悪天候で心配された落車もなく、最後まで自分のペースを維持し、無事に、元気良く、6時間13分でゴールできた。

<6月25日(金)>
 朝3時過ぎに起床して、サッカーのワールドカップ、日本対デンマークを見て、勝利の余韻に浸る。ゆっくりと朝食を摂り、朝9時49分新横浜発の新幹線で広島に向う。広島駅から山陽本線に乗り換え、五日市駅に14時に到着。そこで、母と落ち合い、まずは、祖父母、父、姉が眠る墓参り。その後、実家に向う。実家に到着すると、母と同居している祖母(母方、92歳)が、胸の痛みを訴え、急遽、母が病院につれて行き、検査と応急処置、翌日、再度、治療が必要に。よって、大会前日に、母の車で現地入りする予定が、結局は、弟の車で現地入りすることになった。その晩は、弟家族も集まり、会食。

<6月26日(土)>
 朝10時に実家を出発し、宿泊する安芸グランドホテル(スイム上陸地点、バイクトランジションの隣)に到着。

 12時より、バイクコースの下見に出発。中学生時代にバイクで通ったことのある道もあり、懐かしいと思っているのもつかの間、4つの峠の激坂に、思わず、エントリーしたことを後悔してしまっている自分がいた。スイムは潮流の激しくて有名なところ、バイクは激坂、ランも山登り。下見のバスでは、地元の協会の方がガイドしてくれたが、「バイクは3つ目の峠を下った40km地点を中間点と思った方が良い」「4つめの峠は所山の坂といって、広島では有名な激坂。昨年も押している人がいた。」「ランの登りはきつい。でも、同じきつい坂を下るので、膝が笑って、走れなくなる。昨年、私は下りで歩いた。」との説明に、だんだん、憂鬱になってきた。

 14時30分ころ、大会本部会場に到着して、選手受付。15時から、競技説明会。17時から、開会式とカーボパーティ。開会式には廿日市市長を始め、地元商工会議所役員、地元企業トップ等、大会役員が勢ぞろい。この大会にかける地元の思いが感じられた。カーボパーティでは、地元酒蔵の一斗樽の鏡開きの後、乾杯。ビール、日本酒、地元の山海の食材で作った料理が振舞われ、大宴会状態。「本当に、明日、トライアスロンをやるのか?」といった雰囲気。昨年、海外の招待選手が前日のカーボパーティで飲みすぎて、DNSだったらしい。

 19時過ぎに安芸グランドホテルで母と落ち合って、チェックイン。母は、翌日の応援バスに乗って応援してくれる予定。その夜は、トラジションバッグを用意して、22時過ぎに就寝。

<起床からスタートまで>
 朝4時に起床し、ストレッチ、バイクの空気入れ・ボトルや補給食のセット、トラジションバッグの再確認。5時に、小雨の中、バイクとBIKEバッグ、RUNバッグを預託して、朝食。6時過ぎに、安芸グランドホテルから、宮島口にバスで移動。6時45分、選手専用のフェリーで宮島に渡る。7時頃、宮島に上陸、雨の中、厳島神社の隣の千畳閣に移動して、最終受付とウェットスーツ着用等の準備。

 千畳閣は豊臣秀吉により創建された大伽藍で、内装が未完成となっている歴史的建造物。こんな中で、ゼリーを飲み、ウェットスーツを着て、首筋にワセリンを塗るなんて、信じられない。

 その後、開会宣言、厳島神社の宮司さんによるお祓い、二礼二拍一礼でお祈り、そして、いよいよスタート地点に移動。雨は土砂降だが、ウェットスーツをきている分には、まったく問題ない。入水チェックの後、階段を降りて海中に。潮が満ちていて、大鳥居は水面上にそびえている。水温は19度と、冷たい感じ。アップがてら、ぼちぼと泳いで、大鳥居の下をくぐる。干潮の時は、大鳥居の周りは散策可能であるが、潮が満ちている場合は、神域なので遊泳禁止区域で、通常では、まず、あり得ないこと。それだけでも感激もの。

<SWIM 2.5km 0:57:21>
 8時30分にスタート。まずは、対岸に向って泳ぐが、牡蠣の養殖筏群の手前で左折、右手に対岸を見ながら、しばらく進む。雨は上がって、空も少し明るくなっている。このまま、天気がもってくれれば…。泳ぎの方は、どうも、まっすぐ進もうとしても、左に曲がって、大きくロスしている感じ。方向修正しようとしても、なかなか修正できない。泳いでも泳いでも、右折ポイントに届かない。相当、遅れているな〜、と凹みながら、やっと右折ポイントに到着し、ゴール前の赤旗を視認。ここで、気を取り直して、ペースアップして泳いだが、それでも、なかなかゴールが近づかない。潮かな?雨のせいで、山からの木切れやごみが海にかなり浮いていて、それを掻き分けながら、進まなくてはならない。そうこうしているうちに、右半身にしびれが出て、脚から腰にかけて痙攣しそうになったが、そこはぐっとこらえて、やっと赤旗に到着。狭い入江に入り、やっとのことでスイムアップ。時計を見ると57分ぐらい。50分ぐらいが目標だったが、大幅にオーバー。やれやれ、こりゃ、遅れたわいと思って、トラジションに走って着いてみると、バイクがかなり残っている。後で解ったが、スイムの着順は140位、苦労したのは、自分だけではなかったようだ。

<BIKE 55.7km 3:08:26>
 バイクはスタートしていきなりちゅーぴーパークのアップダウンを経て、一般道。そこから阿品台の団地のアップダウンに入る。そこは、新興住宅街で、雨も上がっていて、沿道には、かなりの数の住民の方の応援をいただく。まるで、ツール・ド・フランスのアルプス山岳コース?(ちょっとオーバーか…)ここまで、かなりの人数に抜かれるが、ここで無理しても、後が持たないとこらえ、ギアを軽めにして、無理をせず、最後には抜き返してやると思って、ゆっくりと登って行った。(実際は、それは間違いで、自分のバイクとランがあまりにも遅く、最終的には、90人に抜かれてしまった。)宮内工業団地の坂を登って、山陽自動車道の側道から、長い下り。道も狭く、カーブ、クランクと結構、難しい。大野町に出て、第一エイド。これで、4つの坂のうち、最初の坂が終わる。ここまでで約11km、ほんのウォームアップ。

 山陽自動車道の大野ICを迂回して、第二の妹背の坂を登る。急坂と緩坂が交互に続く、狭い道を約4.5km登って、第二エイドで小用。ところで、この大会は、指定場所以外での用足しにペナルティが課せられる。コース上、100m置きにボランティアが、携帯の電波が届かないところは自衛隊員が配置され、ちょっと隠れて小用するなんてことは、不可能。でも、それだけ、手厚い体制で選手をケアしているのは確か。第二エイドから、約2.5kmでやっと和乱治峠に到着。後があると思って、ここの登りも無理せず、余力を残した。

 坂を下り、平坦な渡ノ瀬ダム湖の周回コースから津田を経て、第三エイドを過ぎ、浅原までは、緩い下り。この17kmはこのコースの中で、唯一、ほっとするところ。ここは、少し踏んで、スピードを上げた。浅原小学校で右折し、第三の坂、浅原の坂(約3.5km)は、比較的緩めの単調な坂で、ここは、難なくクリア。下って、栗栖の第四エイドが40km地点。その先の41.5km地点から、いよいよ大会名物、第四の坂、所山の坂(約10km)が始まる。

 所山別れ県道分岐(41.5km地点)辺りから、土砂降りの雨。道が川となって、濁流が押し寄せて来る。最初の5.7kmは、まだ緩い坂で、軽めのギアでくるくる回して、まずまずのペースで登って行った。釣堀の橋から先の4.3kmは、道幅も狭く、突然、激坂に変わる。脚を休ませるところがなく、前34×後25のギアでも、立ち漕ぎしてやっと進む感じで、スピードも5〜6km/hと、ぎりぎりで倒れないぐらいの状態。土砂降りと汗と湿気でサングラスは曇り、原生林の木立の中、非常に視界が悪い。道は自転車で渋滞し、あきらめて押して歩いている人も結構いる。

 ボランティアが「頂上まであと3.8km」の看板を出してくれている。「あと2.4km」「あと1.5km」「あと900m」「あと500m」「あと200m」の看板を過ぎ、もがいていると、先に見えるボランティアの集団が、「頂上じゃ〜」と叫んでいる。最後の力を振り絞って、頂上に到達。下りは登りと同じぐらいの急坂。少し、雨脚がゆるんだが、スリップして落車するのが怖く、ゆっくりとブレーキを効かせて、慎重に下って、BIKEは終了。もう、脚は残っていない感じだった。結果はBIKE終了で230位に転落、とにかく遅い。トランジションに到着し、BIKEを預託(スタート地点にピストン輸送する)して、RUNバッグをとって、テントに入る。靴、靴下はびっしょり。このまま走ると、ふやけた足指を傷めると思い、足指の間にワセリンをたっぷり塗り、五本指ソックスに履き替え、シューズを履いて、テントを出た。トイレに寄って、すっきりさせ、いよいよ最後のRUNに出発。

<RUN 20.0km 2:07:26>
 スイムはコース図を見て、だいだいの、様子が解った。バイクは下見バスで、いやと言うほど、様子が解った。しかし、RUNのコースは、まったくイメージが沸かない。ネットにコースの高低グラフが掲載されていたが、バイクコースに圧倒されていて、RUNまで気が回っていなかった。RUNだったら、何とかなるだろうと、高をくくっていたのかもしれない。それが、大きな間違いだったことは、後ほど、いやと言うほど、思い知らされることになる。

 RUNになると、雨脚が緩んできて、小雨。最初はゆたりとした下り基調で、ギクシャクしながらも、何とか脚を運ぶことができ、最初の5kmは28:14でクリア。まずまずのスタート。ところが、そこから、もみのき森林公園に向け、山岳コースが始まる。展望広場入り口まで、約4kmの急な上り坂を何とか歩かずに登り、その後1kmの急な下りを降りて、やっともみのき森林公園入口の10km地点まで到着。この5kmLAPは37:28と大幅にダウン。めちゃめちゃきつい。下りも太腿の前が破裂しそう。

 10km地点から、また、もみのき森林公園の折り返しまで、約1.5kmの急坂だったが、もしかしたら、歩いているより遅いかも知れない。歩いている人が続出しているが、自分はどんなことがあっても、絶対に歩かないと決め、折り返しのエイド(標高900m)で名前で声援をもらい、それで、また、力を振り絞る。

 折り返すと、同じ急坂を降りるが、急坂でブレーキが効かない。このままでは、脚がつぶれると思い、ストライドを狭めて、脚が耐えることのできるギリギリのスピードで走り続ける。もみのき森林公園の入口に戻り、また、急な登り。脚が前に出ない。ようやく、展望広場入口の頂上まで到達、その後、また、急な下り。抑えようとしても、スピードが出てしまう。まずい。本当に脚がつぶれる。でも、もう少しだ。ストライドを若干狭める意識で、なるべく負担のかからないようにして、後はなすがままに下り、15km地点を通過。この5kmのLAPは、34:15と、登りで相当、時間を食っている。そのまま、急な下りが続き、約18km地点の郵便局交差点からは、残り2kmはほぼフラット、若干の登りがあるかどうかの感じ。最後の力を振り絞って、走る。

 ウッドワン美術館が見えて、ゴールのアナウンスが聞こえる。自然にスピードが上がる。左折して、ウッドワン美術館の敷地に入り、急な上り坂。何と、ゴール手前20mに応援している母を発見。思わず、手を取り、一緒にゴール。最後の5kmのLAPは27:37と、229位まで順位を上げて、元気に走り切れた。心配していた母も安心した様子で、まずは良かった。

<レース後>
 ゴール後、脇のテントで、完走TシャツとSWIM前に預託したバッグを受け取って、すぐ目の前の「クヴェーレ吉和」という温泉施設に入って汗を流す。ゴール地点=温泉というのは、すばらしい。汗と雨で身体中はぐちょぐちょ。受付でゼッケン番号を記載して、受付順番通りに入れてくれる。母の知り合いが応援に来てくれ、安芸グランドまで、母とともに、送ってくれた。

 BIKEトランジションでBIKEと預託していたバッグを受け取り、弟の車にバイクと荷物を入れて、実家に帰宅。ワンウェイのコースなので、ゴール後はBIKEのスタート地点まで戻らなければならず、選手も運営も大変な労力。

 その夜は、実家の近所のお好み焼き屋でビールと広島のお好み焼きを食って、即、爆睡。翌日(6/28(月))、実家でウェアの洗濯、バイクの洗浄とダンボール箱梱包を終え、15時過ぎの新幹線で広島を出て、浜松で途中下車。なじみの「ふる〜る」で、丸さんと店の大将にレースを報告して、22時の最終新幹線で、横浜に帰宅した。

<最後に>
 今回の大会では、実家の母、弟家族に大変、お世話になった。また、祖母にも会えたし、父の墓参りもできた。結果的には、トライアスロンと自分自身の久々の里帰りを兼ねることができて、最高のパターンだった。このような大義名分(?)もついているレースであれば、我が家の大蔵省も予算を通してくれたのだろう。

 大会も、地元の町おこしも兼ねて、相当力を入れていて、ボランティアや沿道の応援も途切れることもなく、元気をもらった。また、新聞折込の交通規制チラシの裏が選手リストなのでそれを見て、「116番、神奈川県の吉野さん、がんばれ〜」と声をかけてもらう。こちからは、「生まれもも育ちも五日市」と応えると、「お帰り〜」って返ってくる。本当に、ほのぼのとした大会であった。チラシを見た叔父からも、「神奈川県のゼッケン116はお前だろう。ゴール目指して頑張れ!」とのメールをもらった。

 レースに関しては、特にBIKEに課題を残した。5月までは、「三浦〜大観山」も含め、かなりの距離をこなして、それなりの自身があったが、6月に入ってから、ほとんどBIKEに乗れず、あっという間に、元に戻ってしまった。次の佐渡Aに向けては、BIKEの強化に努めたい。そして、来年、機会があれば、是非とも、あの潮流と激坂にリベンジしたい。そう思わせるぐらいの、やりがいのあるコースであった。

 最後に、お世話になった皆様、応援していただいた皆様に感謝。「ありがとうございました。」

以上


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