2010-11-23 | 大田原マラソンに参加して 〜サブ4ランナーの仲間入り〜 | 助 |
フルマラソンに出るたびに、4時間を切りたい気持ちは変わらない。大田原マラソンは私にとって、憧れの大会。サブ4を達成してから出るか...大田原で達成するか...悩んでいました。去年の湘南国際も結果が出せず...どん底の日々。うじうじしていても始まらない、「えい! 大田原にエントリーしちゃえー」で、「後は言い訳しないで練習あるのみ!!」で、私の大田原が始まりました。
9月のセントレアが終わり、1週間の休養。気持ちを切り替えてラン練習開始。通勤と帰宅ランがメイン、週1回の水曜MMラン。週末は仕事になることが多かったので帰宅ランで、10月は400kを走り込みました。自分ではいい感じです。横浜〜湯元ランも足の痙攣や不安なしに、何とか完走。順調でした。
さーいよいよ本番。と、その前に21日(日)は、横須賀シーサードマラソンのファミリーに小学2年生の息子と一緒に参加。1.8kを子供と一緒に走りました。記録は、8分35秒の39位で完走。キロ5分を切る子供の激走にびっくりです。もう、抜かれるのは時間の問題。いや、既に抜かれているかも...。で、今度は、お父さんが頑張る番!!。
当日は新幹線で那須入り、車内ではしっかり「とんかつ弁当」で「かつぞ!」と気合を...ちょっと食べすぎですね。
●0〜5k 26分18秒(キロ5分15秒)
スタートし、トラックを出るところで一時停止。大渋滞。それを考えると出だしの5kのペースはちょっと早すぎると感じる。さすがに大田原に出てくる選手だけあってみんな良いペース。
雨は上がり、徐々に気温も上がって来た様に感じ、体も温まりアップ完了の5kスタート。この先、無事を祈るばかり。
●5〜10k 25分8秒(キロ5分1秒)
まだまだ、自分の設定ペースで走れない。周りの人たちに影響されて走っている感じ。自分の実力から言ったら、抑えて走らないと後半、走れなくなると分かっているのに、周りにつれてペースアップしてしまう。
私より見るからに年配の方が元気に走っている姿を見ると、思わず付いて行きたくなる。「負けたくない!」そんな気持ち。
●10〜15k 25分20秒(キロ5分4秒)
ゆるい下りから橋を渡って、今度はゆるい上り坂。コースは真っ直ぐなので下り始めるころから先の上りが見える。ペースを乱さないようにと心がけるが、下りは前の人に追いついてしまうし、上りは前との間隔が詰まりうまく走れない。結局、ペースを上げて前のランナーを抜くことになる。
15k手前でトイレに寄っていたタケ1号に合流。「お!助ちゃー早いじゃん!!」サブ3.5狙いのタケ1号に合流するということは、やはりオーバーペース。気持ちは抑えているのに...
●15〜20k 25分57秒(キロ5分11秒)
15kの関門通過。すでに足切りの準備を始めています。しばらくすると、後方で「5分まえ!」の声が聞こえる...え?キロ5分ちょっとで走っているのに?足切り5分まえなの? 大田原マラソンの厳しさを知る。
20k手前で、隊長とヨッシーに抜かれる。悔しい。後半に備えて体力温存と言い訳するが、実は足が出てこない。いやーな予感。脹脛に違和感を感じ、持っていた干し梅を食べて塩分補給。前半オーバーペースの影響が出始めている。いつも同じ、進歩が無い。
●20〜25k 26分40秒(キロ5分20秒)
緩やかなのぼりで、イワさんに抜かれる。もう、完全に足が攣る寸前...ジョギングペースに近い。前からの風が強い。雨除けで作ったゴミ袋のカッパをかぶって体温の低下を防ぐ...ペースも落ちてきてしまい...体は冷え切ってしまう。
エイドは、水とスポーツドリンク。スペシャルに固形物の食料を置いておけば...と後悔する。干し梅を食べても、足の違和感は解消しない。無理をすると攣って止まってしまいそうだ。
●25〜30k 30分8秒(キロ6分1秒)
この5kは、正直、長かった...走りながら、まだ?、まだ?の連続。気持ちが完全に切れていた。私を救ってくれたのが、10人ぐらいの大集団。後ろから迫ってきてしばらく付いて走る。風があったので、この大集団に引いてもらい助かった。
●30〜35k 33分21秒(キロ6分40秒)
私を引いてくれた大集団からもちぎられ...まだまだ続く登り坂。33kの関門を最終関門と勘違い。完全に気持ちが切れていた。登りの途中でキヨさんの応援!ありがとう御座います。後から聞くと、私の後ろには最後尾車がピッタリ付いていたそうです。 この5kもほとんどジョギングペース。強い風に体が冷え、足は止まったまま。
「最終関門も過ぎたし、後は歩いて完走するか?」なんて、甘えた考えでペースダウン。
●35〜40k 34分9秒(キロ6分49秒)
いよいよ、足は出なくなり、時より歩き。33k関門を最終関門と勘違いしていた私は、完全にジョギングペースからウォーキングペースへ。「ここまで頑張ったんだから、もう、いいかな? 4時間は切れないけれど自己ベスト更新でいいんじゃないの?」と弱音を吐きながらとぼとぼと走っていると...目の前に関門まで50mの標識?え? 50m先から「あと、1分30秒前!!」の声に、眼を覚まし、ダッシュ。1分前で最終関門を通過。
あー良かった。隣に居たランナーと「あーこれで完走扱いですね!」「あとは、4時間を切るだけですね!」 と声をかけると、「今から4時間は無理ですヨ!」と言われ、またまた眼が覚めた。
そう!俺は、サブ4ランナーになる為に、大田原まで来たんだよね。この瞬間、スイッチが入った。
●40〜ゴール 11分30秒(キロ5分14秒)
スイッチが入った私は、超〜ハイテンション!! 沿道で応援頂ける人々に返事をし、高校生とハイタッチをし、手を振り、ゴールを目指しました。絶対に、絶対に、4時間を切るんだ。絶対に、絶対にサブ4ランナーになるんだ。その為に、大田原に来たんだ。何度も心の中で叫んだ。
最終関門からの4kをジョギングペースからキロ5分30秒まで戻し、前を走るランナーを次々に抜いて行く。先ほどまで攣りそうだった足は、ちょー元気。ぜんぜん普段と変わらない。
競技場が見え、トラックに入り、自分の時計を見るが、信じられない。トラックの直線に入り正式記録の時計が見えた...3時間58分を...表示していた。涙を堪えながら、ゴール。
ゴールしたランナーと「サブ4おめでとう。」とお互いの健闘を称え合った。最高にうれしかった。負けないでよかった。ここに来て良かった。そして後は、お決まりの温泉に入りビールで水分補給、餃子でエネルギー補給。楽しい仲間と一緒に楽しい時間を過ごしました。
良い気持ちで家に帰ると...机の上に手紙、「横須賀シーサイドマラソン一緒に走ってくれてありがとう。大田原マラソン完走おめでとう!」と書いてありました。ちょっと”うるっ”と来ました。
大田原マラソンが終わり、次の日は筋肉痛の足を労わりながらのお休み...次のレースは...と、暖かい秋晴れの中でパソコンに向かっていると...
東京マラソン追加抽選結果のメールが届きました。