2008-10-19 第14回四万十川ウルトラマラソン完走記 Mr.ビーン

■100キロやろうよ!・・・・決して騙したわけでは…
 旅は道連れ、とはよく言ったものである。昨年は一人で行った四万十川に、今年は二人の連れができた。同行二人ならぬ同行三人である。

 隊長には春の飲み会で、酔ったところを見計らって誘いをかけた。どうせ10月はとくに予定もないんでしょ…。Oさんには去年の糸魚川のときから「四万十に行きたいんですよ」と前説を振っておいたら、昨年、ビーンが完走というのでその気になったらしい(いずれも、決して騙したわけではない)。

 高知空港からはツアーバスで四万十市へ向かう。昨年は飛行機にマイレージを使い、出費は宿泊費プラス飲み代ほか、というケチケチプランだったが、今年は豪華ツアーである。バスの中で豪華なツアーの説明を受け、豪華な弁当を食べる。車中、昨年のウルトラマラソンのビデオを見、また車窓の風景を楽しむ。たいへん美しい声のバスガイド嬢が、通過する町々の風物を解説してくれる。時おり八十八箇所巡りのお遍路の姿も見える。

 心地よい揺れに身をゆだねるうち、バスは四万十市中村の安並運動公園に到着。ここで選手受付を済ませ、大会が運営する循環バスで宿泊先の「和加松旅館」へ。この宿は事前に情報があったわけではなかったが、ゴールから近いので選んだのである。本来はこの後、ロイヤルホテルという豪華ホテルで前夜祭があるのだが、とりあえずパスすることにして風呂に入る。

 数々のアイアンマン大会で世界中を歩いてきた隊長によると、遠征で現地入りしたとき、先ずすべきことはビールの確保である。近くの酒屋でビールとつまみを購入、「明日はスイムがないからな」とのことで、日本酒も適量を購入。まずは無事現地到着を祝して乾杯である。

■しまった、大事な用を忘れていた!
 3時前、フロントからのモーニングコール。とび起きるやいなや食事に向かう三人。つい7時間ほど前まで、食い、かつ飲んでいた宴会場で忙しく飯を二杯お代わりして出陣の支度をする。4時のバスに乗り込み、スタート地点へ。

 蕨岡中学校は中村の町から5キロほど入った山間部にある。体育館でスタート前の支度とストレッチをしながらスタート時間を待つ。自分のスタイルは下は短めのスパッツ、上は半袖である。たいていの人は何かしらのバッグ類を身に付けている。大抵は小さいウエストポーチ、あるいはキャメルバッグ、大きいものではデイパックを背負って走る人もいる。ビーンは昨年は用心のため500円玉を一枚スパッツのポケットに入れ、背中にビニール袋をたたんで入れておいたのだが、今年は一切なし。体重とウエア以外に1グラムも余分なものは持たない。エイドにあるものを食べ、あるがままに走る、それで問題はない。

 5時15分、グラウンドからスタート地点への移動が始まる。ここで、忘れていた用事を思い出してしまった。あわててずらりと並んだ個室に行ってみると、どの列にも10人近いランナーが並び、これではスタートに間に合わないことは明白である。しかたなくスタートの行列に並ぶ。

 「とうとう来ちゃったなー」と隊長。何でこんな羽目になっちゃったんだろう、と情けない思いをかみしめている様子。いまさら後悔しても遅いぞ。

 5時30分。隊長、Oさんと握手を交わしてスタート。宿を出る時には星も見えていたが、暗い空にはかすかに雲がかかっているようである。予報では雨の心配はほとんどない。

 まだ暗いコースの右端には点々と小さなキャンドルが続き、間隔をおいてボランティアが車のヘッドライトでコースを照らしている。「行ってらっしゃい」と沿道の家々の人たちが応援してくれる。一年前となにひとつ変わらないスタートシーンである。

■思わぬ事態、俺が最後尾ランナーだ!?
 最初の5キロは35:05、予定通りキロ7分のペース。しかし心なしか、7分よりちょっと早いような気がするのは、下腹が若干重いせいだろうか。給水ステーションの仮設トイレは1個づつしかなく、いつも2〜3人が並んでいるので先送りにしてパスしていく。しかし本格的な登りにさしかかる前に、何とか済ませたいと思い、8キロ地点で3個の仮設トイレが設置されているのを見て行列に並ぶ。自分の前には9人ほどが並んでいる。一人3分として、9分待ちか、いやいやそのうち3名は女性だから小のほうに違いない、もう少し早いだろう、などと勝手に時間を計算する。そうするうちにも、自分の後ろにも10人以上の列ができる。もう待つしかない。ようやく入ったランナーがなかなか出てこない。おいおい早く出ろよ、と内心ぼやく。

 ようやく自分の番が来て用を足して出たのは並び始めてからちょうど10分。この地点で10分のロスは痛いなー、と見るとすでにコース上にランナーはいない。自分の後ろにはまだトイレに並んでいる10人ほどのランナーしかいないのだ!

 計算上はトータル12時間ほどの中でこの10分を吸収すればいいわけだから、10キロごとに1分、5キロごとに30秒稼げばいいわけだ。しかし今現在、自分が最後尾ランナーであるというのはあまりいい気分ではない。少しずつコースは上り坂の様相を呈し始め、ようやくちらほらと追いついたランナーを抜き始め、少しずつ順位を上げていく。

 なるべく早くロスタイムを解消しようという気持ちが働いたものか、その後の5キロラップは急な登り坂にもかかわらず33分ほどに早まっている。20キロの上り坂を過ぎ、30キロまでの急な下り坂もそのペースのままである。ヒザへのダメージに気を付けながら坂を下る。しかし、30キロ過ぎからなにやら再びお腹が重くなってくる。さて、去年はたしか40キロ地点のトイレに入ったのであったが、そこは仮設ではなく常設で、粗末ではあったが清潔だったな、などと思い出しつつ、それでも行列ができていなければどこでもいいや、としきりにあたりをうかがう。

 と、あった! WCの表示。矢印の方向を見ると、コースからのロスタイムゼロで入れる、すなわち道路わきに一段高く建てられている掘っ立て小屋のパブリックトイレ(?)で、ベニヤ板のドアを開けて中に入るとゆらりと揺れる。カギは真鍮の?マーク型のフックをヒートンに引っ掛けるだけの簡便なシステムで、閉めても2センチくらいの隙間から外の景色が見えるというオープンな感覚のトイレである。実に不安であるが仕方ない、コースにお尻を向けるようにしゃがんで用を足す。それでもロスタイムが最小限ですむのはありがたい。

 再び走り出すと、すぐに40キロのエイド(正確には39.5キロ、ちなみにこの大会はたいへん表示が正確で、エイドの位置も小数点以下まで表示される)があり、ここが昨年のトイレポイントなのであった。

■抜きつ抜かれつ、バトルを展開
 さて気を取り直して走り出す。ロスタイムの間に追い抜かれたゼッケンを抜き返しつつ行くと、はるか前方に、がっちりした肩を怒らせるようにして走る背中が見えてきた。隊長である。しめしめ、と内心ほくそえみつつ間を詰めていく。48キロ、ついに隊長に追いついた。「どう、ヒザの調子は?」「もう麻痺しちゃって分からないよ!」、そうかそれはよかった、俺のヒザのほうが痛いくらいだ。実際、坂を下りにかかってから左のヒザに痛みを覚えていた。

 しばらく併走したのち、隊長は後方に。へッへ、あの様子では追いついては来るまい、と思っていると耳元にゼーゼーハーハーと荒い息。遊んでる場合じゃないでしょ、隊長!

 50キロ地点に半家の沈下橋。ここを折り返すと2番目の坂がある。1キロほど、結構きつい登りが続く。ここでは半数以上のランナーが歩き出す。すでに隊長の背中は数百メートル前方にあり、ぐいぐいときつい坂を上っていくのが見える。ここからコースは広い右岸の道路に入り、車で移動して応援している人たちの声援が多くなる。60キロ地点、再び隊長に追いついた。もう少しでレストステーションだよ。

 もうすでに1キロ8分のペースに落ちている。どころか、5キロごとにとっているラップタイムがとれなくなる。明らかに集中を欠いているのである。前後には4000番台のゼッケンを付けた60キロタイプのランナーが多くなる。ドラえもんの着ぐるみのランナーもいて、子供たちに大うけである。あのスタイルで60キロ走るのはすごい。

 62キロ、ふたたび左岸に戻りカヌー館のレストステーションに到着。ちょうど昼時でもあり、おにぎり、味噌汁、その他をいただく。いったん受け取ったトランジッションバッグは、着替えの必要もなくそのまま返却。

■ウソでしょう、後半は下りだなんて!
 コースは四万十川に沿っていくつかの橋を渡りつつ、ゴールの四万十市中村を目指してゆっくりと下ってゆく、はずなのであるが、実際には延々とアップダウンが続いているのである。「絶対に登りのほうが長いですよね」と、これはレース後のOさんの感想。そんなはずはないのだが、大会案内の標高図を見るとコースの後半はいかにも長ーい下りが続いているので、「60キロを過ぎればあとは楽だ」と思ってしまうのだ。しかも四万十川は付かず離れず、コースの近くに見えるから、余計に上り坂がきつく感じられてしまうのだろう。

 すでに午後の日差しが四万十川の広い川面に映えて、きらきらと輝く。またあるときは空を映して紺青に染まって見える。岩間の沈下橋を渡ると70キロである。沈下橋はかろうじて1車線の幅で欄干がなく、早瀬の流れがすぐ足元に見えて、ちょっと怖い。夜など酔っ払って千鳥足で歩くとかなり危険である。まあ、このあたりではそんな人はいないだろうけど。

 次第に1キロごとの表示がとてつもなく長く感じられてくる。5キロのラップタイムは40分から45分、そして80キロでは52分にまで落ちてしまった。左ヒザの痛みは時おり感じる程度だが、足底に違和感を感じ始める。エイドで腰掛けてシューズを履きなおしたり、足をストレッチしたりしているうちに、今度は左の足首が痛くなってきた。そんなこんなでエイドでの休憩が次第に長くなっていく。エイドで腰掛けるときも、コースの後方に気をつけている。こんなところで隊長に追いつかれたらイヤだなー。抜かれてももう追いかける気力はないだろうけど。

 それでも85キロまでのラップは41分まで持ち直す。90キロを過ぎるとコースはふたたび木立の中の細道となる。夕暮れの遅い高知ではあるが、5時をまわるとコースわきの発電機が回り始める。依然として四万十川の両岸には深い山々が連なり、市街地が近づいている気配もないのだが、「旧中村市」の標識を通過すると、沿道の応援の声が「おかえりなさい」に変わる。

 95キロ、5キロラップは47分。周囲の山々はすこしなだらかに、平野部が近づいたことを知らせてくれる。エイドでは休むまいと思うのだが、いったん立ち止まった足をなだめつつ走り出すのは容易ではない。

■100キロは楽しからずや・・・それぞれのゴール
 中村の町が近づくにつれて、逆に路は細くなり、あたりはほとんど暗闇となる。道路右下の崖に転落しないようライトが設置され、発電機の騒音があたりに響く。そう、最後の1キロはこんな感じで唐突に中村の市街地に出るのであった。

 細い路から左折すると市街地に入る。最後の上りが300メートルほど続き、すでに99キロを走ってきた足にはたいそうつらい。このあたりは中村の郊外のニュータウンであるから、あたりの家族総出の応援である。子供たちとハイタッチしつつ坂を下ると最後のかがり火が見え、ここを右折。すでに高校のグランドは見えているのだが、ここからが長いのだ。でも路地を曲がりつつゆくと、応援の人々の「おかえりなさい」の声が嬉しく胸に迫る。グランドに入ってすぐ、待っていてくれたOさんとタッチ、そしてゴールへ。12時間50分の楽しい(わけない?)ウルトラの一日は終わった。

 Oさんはなんと9時間39分、素晴らしいゴールタイムである。隊長はビーンに遅れること25分、13時間15分のゴールであった。「やっぱり最初の上り坂で頑張りすぎるんだよな」と隊長。最後は13時間を切りたいと頑張ったんだけどな、と反省の弁。そう、来年はもう少し前半を抑えないとね。「もう来ないって!」。

 「いやー思ったより坂が厳しいですねー」と、これはOさん。この人を苦しめたのだから四万十はすごい(?)。一般男子で40何位とのことである。足の故障がなければもっと上位が狙えたはずである。

■来年へ向けてレースを反省、「もう来ない!」
 翌朝、ひとり散歩がてら中村の町を歩く。この町は五摂家のひとつ、一条氏が応仁の乱を逃れて荘園のあった中村へ都落ちしたことに始まる。以来、5代にわたり、長曽我部氏に滅ぼされるまで、この町を京都風にしつらえたのだそうだ。街の真ん中に小さな山があり、ここが御所のあと一条神社となっている。

 今日は、ツアーバスをキャンセルして別行動で高知へ向かう予定である。朝食を済ませ、バッグを宅配にして預け、タクシーで中村駅へ。ビールを買い込んで8:04の特急「南風10号」に乗る。自由席はほぼ満杯、約2時間で高知に到着。

 昨年来たときはまだ工事中だったが、高知駅のプラットホームは高架になっている。駅を出るとすぐ前にあるはずの都電ならぬ土電(土佐電鉄)の駅が無い! なんと駅の正面が以前と逆の北口に変わっているのであった。あー驚いた。

 まずは土電に乗り高知城へ。「痛てて」と言いつつ天守閣への石段を登る。小城ながら高知城は格調がある、いい城である。各層に展示された歴史資料などを眺め、長曽我部氏と山内氏の興亡から、山内容堂、山岡慎太郎、坂本龍馬など幕末に至る土佐の歴史に思いを馳せる。天守閣に立つと高知市の全容がさながら手に取るが如くである。「殿、ご落城でございます」「うむ、もはやこれまでか」、などと遊ぶ。

 早くも昼になったので、はりまや橋まで戻り打ち上げとする。刺身皿鉢(さわち)、どろめ、のれそれ、鯨、ウツボなどを食べつつ、ビール、焼酎、日本酒と、昼間からやりたい放題である。酒飲みが3人集まれば怖いものはなく、カツオのたたきにニンニクのスライスを山のように乗せて食べる。

 今回のツアーでは、宿の女将(おばあさん)が我々の部屋をいっこうに覚えてくれなかったのと、冷蔵庫が無かったのが失敗だったな。でも隊長、すぐ近くのビジネスイン○○が良さそうでしたよ。「もう来ない!」

(100km一般男子)      (グロス) (ネット)
落合 伸昭   46位/803人  09:39:08 09:38:28
対馬 達也  428位/803人  12:50:47 12:50:07
松岡 享   509位/803人  13:13:55 13:13:16


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