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日本海に沈む夕陽を見ながらビールを飲むことが、この大会の最大の楽しみなのですが、今回はゴールして温泉でかじかんだ手足を伸ばすことだけを考えて、雨の中を走っていました。
スタート前日は高尾山口駅近くの旅館「花藤」に泊まり、そこに集まる選手たちと、今年も会えたことを祝って宴会をするのが楽しみなのです。トライアスロンのレース前日とは、まったく雰囲気が違います。なかには、タバコを吸いながら酒を飲んでいる選手さえいます。今回は別の旅館に泊まってしまったので、ひとりで名物「高尾わっぱめし」をビールのつまみにして、同宿のたろうちゃんを待っていました。
3時半起床、コンビニで買っておいた助六寿司を食べてから、スタート地点までわずかな距離ですが荷物を背負って自走します。受付をすませ、ゴールまで託送する荷物、途中大町(228km)で受け取る荷物を預けます。北アルプスおろしの風が冷たいので、長袖のジャージとかロングタイツを預けることもあるのですが、快晴との天気予報を信じてなにも預けませんでした。
4時50分に「あじゃり」の橋本、卯月(旧姓若林)選手を見送って、5時、たろうちゃんとスタート。アームウォマーとウインドブレーカーを身につけていても肌寒く、そのうえ霧雨が降り始めました。サングラスに水滴がつきます。大垂水峠(372m)のくだりは路面が濡れており、スタートしたばかりで落車したら大変とおとなしく走らざるを得ません。
このコースは全長294km、途中4ヶ所のチェックポイントがあって、そこがエイドステーションにもなっています。指定コースはあるのですが、チェックポイントを通りさえすれば、どのコースをとっても失格にはなりません。しかし、道なりとはいえない曲がり角がいくつもあって、ホームページ上の地図と写真を見ながら必死でコースを覚えるのです。走っているとき前後に誰も見えない時間がかなりあります。そんな時にひとりで曲がるのは勇気がいります。ミスコースする選手もかなりいます。逸話としては、塩尻峠を越えてから松本方向に行くところを岐阜方向に行ってしまい、途中からタクシーで2万円かけてもどってきた選手がいたそうです。今回はミスコースをしなかったのですが、数年前に曲がるべきところを真っ直ぐ行ってしまって数キロもどったことがあります。
大垂水峠を越え、いくつかのアップダウンを過ぎると、笹子峠(750m)のチェックポイント(58km)への登りです。登りきると怖い笹子トンネルが待っています。自動車がすぐ横をびゅんびゅんと追い越して行きます。レース中点滅させ続けているテールライトだけが頼りです。トンネルを越えると雨は降っていませんでした。そこからは、勝沼、甲府と高速コースです。ついていけそうなグループを見つけて後ろにつかせてもらいます。後ろにつくのは、遅いひとにとっては大変なことです。交差点ダッシュでは、先頭から順に少しずつの遅れを取りもどすべくダンシングするのですが、最後にはダンシングの距離が長くなって、結局は千切られてしまいます。
この区間にある立体交差の橋は自転車通行禁止です。しかし、想像してみてください。立体交差を行かなければ交差点があって信号があります。もちろん、このレースは交通法規を守ることが前提になっています。レース後の表彰式で、司会者が「立体交差のしたを走り、信号を守ったと自信を持って言える選手は手を挙げてください」と言ったときに、10数名が手を挙げました。そして、じゃんけんで勝ったひとりが「フェアプレイ賞」として大きな蟹を貰いました。350名の数パーセントだけなのです。日頃の走り方を思い出してみれば、この賞の価値が分かると思います。
韮崎のチェックポイント(106km)を過ぎれば、長い富士見峠(960m)への登りになります。初参加の時は、峠のうえにあるコンビニで休憩したことを覚えています。今回も数名が休憩していました。途中、コンビニで休憩する選手もたくさんいます。
諏訪湖まわりの難しいコースを過ぎると、最もつらい塩尻峠(999m)に向かいます。指定ルートではないのですが、激坂のあるショートカットをのぼる選手もいます。こちらはのぼりに極端に弱いのですから、距離は長くても斜度が緩やかなほうを選びます。それでも、かなりきついのぼりが続きます。峠を越えてから豪快なくだりの途中にチェックポイント(172km)があります。大会名物稲荷ずし、おにぎり、そして、レモンスライス、うめぼしなどがあります。この大会に出るようになってから、稲荷ずしが大好きになりました。疲れた身体にあのほのかな甘さがうれしいのです。
ここから大町までのコースは鬼門です。迷ってしまう曲がり角がいくつもあって、そのうえ、高瀬川沿いは、軽いのぼりに加えて必ず向かい風が吹いています。吹きさらしの道をひたすら走るのですが、時速20キロちょっとくらいにまで落ちてしまいます。がんばってペダルを回してもスピードのあがらないことが、ストレスになってしまいます。峠ののぼりより精神的につらいのです。途中、安曇野スイス村とか大王わさび農場などがあるのですが、道しるべとして見るだけです。
なんとか、難コースをクリアして左に北アルプスの山々が見えるようになったとたんに、雨がぽつりときました。スタートしてから210kmくらいでした。にわか雨だと気にもしないで走っていると、あっという間もなく土砂降りになりました。あわててウインドブレーカーを着たのですが、すでにびしょ濡れです。大町のチェックポイント(228km)に着いても着替えはありません。まだ、にわか雨だと信じていました。雨ににじむ木崎湖、青木湖を左に見ながらひたすら走るのですが、寒さで手がしびれてきます。くだりをとばすと寒いので、適当にブレーキを掛けます。右手でのシフトは中指で軽く出来るのでギアチェンジは出来るのですが、左手はおおきく動かさなくてはならないので、かじかんだ手ではシフトできません。ボトルを取るために片手を離すことも怖くなってきました。初心者に逆もどりです。そのうえ、白馬、小谷と路面が荒れているのでハンドルに嫌な振動がきます。大嫌いなのぼり(825m)も多少は暖かくなるとうれしかったほどです。そのうえ、次から次へとトンネルがあります。暗くて、登ったり下ったり曲がっていたりしていて、まともなトンネルはありません。送風機のあるトンネルは悪魔の声がします。この悪魔の音は本当に怖いものです。神経に直接触るのです。
いくら寒くても、日本海に向かってくだりの多い区間ですからバイクが勝手に走っていきます。落車している選手がいます。走り続けていればゴールに近づいているのです。ようやく平地になったとよろこんでいると、ビニールの雨合羽を着たおばさんに追い越されました。コンビニで雨合羽を買った選手がかなりいたようです。
ゴールの糸魚川ホテルへの入口で、旗を振って迎えてくれるひとがかすかに見えました。やっと、ゴールだ。バーコードを読み取ってもらって、本当のゴールです。うれしさを味わう余裕もなく、着替えを持って温泉へ。大浴場、露天風呂があります。ゆったりと手足を伸ばして、はじめてゴールの実感を味わいました。うれしさがこみあげてきます。完走できたと。
記録は、12:39:24、平均速度23.23km/時、205/328(完走)位でした。前回の記録(3年前)と比較すると、約15分早かったのですが、順位は54位も下がっていました。今回特筆すべきは、総合3位なるしまの近藤さん、8位ウゴーレーシングの細山さん、9位あじゃりの池田さんの3名とも55歳前後なことです。こんなレースはどこにもないでしょう。
余談ですが、お風呂に入ってすぐ分かるのは、バイカーの体型はトライアスリートのそれとは違うということです。もちろん、バイカーでもトライアスリートでも鍛えている選手は同じ体型をしているのですが、一般選手のバイカーは小太りから太ったひとが多くて親しみを感じてしまいます。それでも、300kmは走れてしまうのです。
今年は8回目の出場でした。トライアスロンを始めた頃は、完走できるかどうかと心が震えました。いまとなっては、トライアスロンは時間との戦いだけです。完走を心から喜べなくなっています。ところが、この東京−糸魚川は完走がうれしくて心が震えます。しかし、このような気持ちを追い求めるひとは少数派のようです。来年はみなさんも参加して青春を取り戻しましょう。