つくばマラソン完走記 2003年11月30日
kanreki

レースで疲れすぎた夜はなんどか目を覚ましてしまいます。この夜も寝苦しくて目覚めて時計を見ると夜中の3時でした。台所から娘の日光土産の地ビール1本とアメリカのランナーズ誌で筋肉痛にきくと宣伝している鎮痛剤1錠を持って部屋にもどり、読んでいなかった日曜日の新聞を読み始めました。日曜日の新聞の一番大事な記事は書評欄です。面白そうな本を見つけるとamazon.com で注文します。通勤時間がなくなり読書量が大幅に減っているので積んであるだけの本もだいぶあります。もちろんアミノバイタルは寝る前に飲んであります。

横浜鉄人クラブから3名、VO2max関係からは10名くらい参加することになっていたのですが、前日までに雨の予報をみて早々に出場取りやめてしまったひとが2名、身体の不調を理由に4名、当日会場でやめたひとが2名とキャンセルが多かった波乱の大会(?)でした。

当日朝5時半に家を出たのですが、天気予報どおり雨が降っていました。この雨は東京駅からつくばまでのバス、着替えている間も降り続いていました。みんなで顔を見合わせながら、出場しようかどうしようかと迷っていました。つくばに向かう途中、交通事故でパトカーと消防車が走りまわり交通渋滞になったのですが、このときに頭をかすめたのは「このままスタート時間に間に合わなければ、出場するかどうか悩まなくてすんでしまう」ということでした。そうなれば、朝早くから開いている居酒屋をさがさなくてはいけません。

受付会場の陸上競技場はかなりぬかるんでいました。RCチップと名簿をもらって、校舎と校舎をつなぐ屋根の下に居を構え着替えに入りましたが、まだ、出場するとの覚悟ができていません。雨は激しく降っています。天気予報を信じれば雨は止むはず、信じるものは救われるとの言葉どおりにスタートが近くなると小降りになってきました。こうなれば、やめる理由がなくなりました。ゴミ袋でつくったカッパを着てスターと地点に向かいました。たくさんのひとが出場を取りやめたと思うのですが、それでも6千人くらいはスタート地点に集まっていました。いつもの年なら人ごみの体温がうれしいくらいの寒さなのですが、今年はそんなこともありません。

VO2maxの初フルの花屋さんとふたりでスタートを待っていました。パナとビーンを探しても見つかりません(後日談ですが、ビーンは昨年より大幅によい記録でゴール、パナは前々日の徹夜のせいもあってTシャツをもらって帰宅したとのこと)。号砲一発スタートといっても、後ろのほうからずるずると歩きだし、走りだしました。水たまりに気をつけても、靴と靴下はすぐ濡れてしまいました。これが原因で足の裏にまめができるのは、ずっと後の話です。走り出してすぐ暑すぎると感じたのですが4キロ地点まで我慢してゴミ袋を脱ぎ捨てました。それからは、雨の影響で多少は気温がさがったようで遅い選手にはちょうどよいくらいの気温になりました。

5キロ地点で時計を見ると30分弱と入りのタイムとしては予定より速すぎたのですが、目標はキロ6分で出来るだけ長く走ることだったので、このペースを守って走り続けました。20キロ地点で1時間59分弱と予定通りだったのですが、すこしづつ筋肉痛、それも大腿四頭筋が痛くなり始めました。今週の筋トレ、あるいはランのやり過ぎかと思いながらも、いつものおまじないの言葉「トライアスリートは筋肉痛と一緒に走るもの」と我慢します。

それからのラップです。
20-25km:31:38
25-30km:31:40
30-35km:33:19
35-40km:33:04
40-Goal:14:24

苦労して走っていたのですが、今から考えてみるとあまり苦しまないで走ったような気がしています。サプリは家に残っていたものをかき集めて持ってきていました。カーボショッツ1ヶ、カロリーメイト1ヶ、モーニングプラン2袋(1袋にビスケットが4枚入っています)だったのですが、食べると筋肉痛が治ります。気もまぎれます。でも、もっと速く走れるはずなのですが・・・。

高石ともやのアイアンマンハワイについてのTJ誌の対談で、「人に負けてもいい、楽しくやろう」、「数字で勝つことは虚しい。数字を超えたところにある生きている喜びや自然と遊ぶ喜びを感じることがトライアスロンの本当の世界だ」と言っているのですが、まだ、凡人である私はそのような境地に達していません。もちろん、他人に勝つことを目標にはしていません。これは勝とうと思っても勝てない現実があるので目標にしていなだけです。これからどのような気持ちでトライアスロンを続けていくかを考えないといけないのかも知れません。続けていくことさえできれば自然に問題は解決していくはずですが、続ける意欲がなくなってしまうかもしれません。多くのトライアスリートがやめていったのはなぜでしょうか。

ゴールでVO2maxの人たちが迎えてくれました。このような人間関係を保てることが、もしかすると最も貴重なことなのかもしれません。記録は、4:23:56で去年より2分速かったので喜ばなくてはいけません。つくばマラソンの記録をひっくり返してみると、一番速かった記録は1993年の4:08:08、二番目が1995年の4:20:39でした。10回走っているのですが、今回の記録は三番目になります。こんな記録のことを書いているようでは悟りは開けません。さあ、宮古目指してがんばるぞ。


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