突然ですが宮古島から帰ってきました 〜宮古島ストロングマンはるかなる夢〜
そのT スイム編
2002
年4
月21日 日曜日 快晴 南の風7〜8m 温度23℃ 波少し有。ここ宮古島 前浜ビーチには約
1500名のアスリートがスタートの号砲を待っていた。昨日、海人が明日は波があって泳ぎづらいだろうと言っていたが、私にはその時はそれほど泳ぎにくいとは見えなかった。前浜では
5時干潮なので、スタートの7時30分頃は来間島から平良市方向に一番潮が流れる。明日は大潮。波がある。そんな情報を地元の海人から昨日の昼の下見の前浜で聞いていたので、浜の左よりバトルに入らないように選手の後方から7:30スタート。周りに他の選手も少なく、マイペースで泳げるが、潮の流れが強く左からスタートしたもののスタートと
1マークブイの中間点で右側コースロープによってしまい、来間島方向に大きく変更するも1マークブイではブイぎりぎりまで寄せられていた。ブイを回ると追い風に乗って泳ぎが楽になった。1ストロークでの伸びが今までとは違ってくる。前を泳いでいる選手がズルズル後ろへ行く。側面黄色のウエットと赤い線の入っているウエットが視界に入っている。黄色にはゴールまでまとわりついて行った。黄色は左に寄れる泳ぎの癖があって、私の右になったり左になったりしていたが、女の人らしいので許してやってケリを入れるのは控えた。下を見ると海底の砂に潮の流れに沿って縞が出来ている。縞と30°位の角度でゴールに向かって泳ぐ。小さな三角波が立って、息つぎのタイミングが来ると海水を飲み咳き込む。平泳ぎになる。潮の流れに流される。うねりの頂上(いただき)に登る前に息つぎをすると思わぬところで水を飲んでしまうようであった。波と折り合いがつかずに後ろへするする下がって行ってしまうアスリートが視界に入る。ゴールが近くなるとコース幅が狭まって選手が多く、泳ぎが窮屈になってくる。立って走るか、まだかいだ方が良いか、やっと立ったという感じでゴール。スタートから1時間8分。預けたメガネを受け取り、バイクラックへ走る。視界に入る絵がいつもと違っていた。自転車がラックに一杯かけてあるではないか。前回はまばらな中の俺のバイク。寂しい思いをさせたが、今回は黄色の目立つ色も他のバイクの中に埋もれている。
1450番台。もう少し奥だ。1490すぐだ。1495番あった。待たせたね!!大和2号。隣の1496番。横浜からの選手はバイクスタートしている。ラックが空いている。現地調達のバイクジャージ。リーボック オレンジ色に着替えて大和号発信!!そのU バイク編
東急ホテル前のカーブ。前回ここで転倒している選手がいた。あせるな。スタート直後の落車事故多し。この先右カーブはすべり止めにゴムシートが今回ひかれていたが、ペダルを踏み込まずにゆっくり回る。今日は息がきれない。
26インチでこのコースは初めて。池田石工付近、平良市へ進む緩い上り坂。前のバイクが左によれて縁石にぶつかり落車。右にハンドルを切ってよける。危なかった。平良市宿舎のエトワールエメラルドホテル前。5〜6名ホテルの社員が応援している。左手を振って答える。左側がホテルだから右手を前方に出した方がポーズとしては絵になる。平良港を左に見てから2段の坂がある。前回立ちこぎしたが、今回は90回転で気のままいける。フロントギヤを52から51に変えて、クランクを165m/m。短い仕様に変えたので踏み込みは軽いがギヤチェンジを早めにしないと回転が上がってもスピードにのらない。宮古島出場3回目。バイクコースも頭に入っている。風力発電の風車が見えれば池間島だ。1425mの池間大橋を渡って島を一周する。橋の上から大神島が見える。海が青くて綺麗だ。体温が上がっている。海へ入ってまた泳ぎたいと思った。狩俣付近で松野さんに声をかけられて抜かれる。とりあえず回転をあげてついて行く。真謝漁港の先の上り坂で差がついてくる。登りは弱い。まだバイク50km地点だ。向かい風でペダルが重い。東平安名崎の折り返しでは松野さんの姿は見えなくなっていた。七又海岸のアップダウンコース。一気に下ってまた登る。風車が見える。ランでは折り返し地点で同じ風車が見えるはずだ。上野村役場通過。1384。地元の池間建栄さんと暫く併走。エイドステーションでは池間さんにワイドーの声がかかる。下地町から来間島へ。農道来間島大橋1690mを渡る。これで宮古島を約1周しました。前浜と東急ホテルが見えました。その時は知るよしもなかったが、この海でともに泳いだアスリートが命を落としていたのでした。ご冥福をお祈りします。平良市内をバイクは走る。太陽はギラギラ。バイナマガビーチ前通過。レースの翌日散歩して、このバイナガマビーチで泳ぎました。トイレ、シャワーがありました。誰も泳いでいません。マイビーチ。宮古島。僕らのアイランド。青い海。松野さんは泳ぎません。海水パンツが無いので、半ズボンのまま平泳ぎです。沖のブイのあるコースロープの所まで行って戻りました。ふと気づくと立て看板がありました。ブイの近くに行ってはいけません。この海岸にはサメとハブクラゲがいます。猛毒です。遊泳する場合は、酢を
2升持参する事と書いてありました。誰も泳いでいない良い海水浴場でした。ホテルアトール宮古島のすぐ横の浜です。前浜とも海続きです。要注意です。池間島を周回して狩俣漁港を過ぎて残り
30km。苦しいところです。大浦の緩い登り坂も一番軽いギヤでクリアーしました。真謝漁港の登りで峰岸徹(上下白のウエアーなので目立つ)に抜かれるが、熱帯植物園へ右折する所で前に出てバイクゴールへ向かった。PM3:00
.私の18回宮古島大会バイク走行は終わりました。今回は自分でバイクラックに自転車をかけるので、翌日回収に行く時に探しやすかった。そのV ラン編
PM3:00
。あと残すところ6時間30分。今の自分に、残り時間で帰ってこれるだろか。膝関節の故障で1年程走っていなかった。前回出場のこの大会でも6時間38分かかっている。今の私のスピードはトレッドミルで時速6.5km。1時間走が限度だ。日もまだ高い。練習のつもりで走ってみよう。サンドイッチを水で流しこんでスタートした。前をゆっくり走っている女子の選手との差も広がって行く。峰岸選手にも抜かれる。バイクでは苦しそうに走っていた選手達にどんどん抜かれて行くが、いつも走り始めて15〜20分でおきる足のしびれは今日は無い。5km地点で45分かかっている。商店を抜けて、空港のカーブを左折してバッシイライン(レストラン)を右折すると沿道の応援の人影もまばらになる。10k地点PM4:30頃通過。折り返し地点をPM6:30通過予定として走る。根間地のエイドステーション手前でゴールに帰る滝川さんに会う。ナイス・トゥー・ミー・チュー。まだ大丈夫と声をかけられるが、私は弱気だった。保良公民館エイドステーションの手前の坂でボランティアの人に膝のテーピングを巻き直して頂く。坂の上のエイサー踊りは終了していて飲み会が始まっていた。バイクコースで見た七又風車が見える。
PM6:50折り返し地点通過。ゆっくり回って記念写真ポイントでハイポーズ。顔はにっこりしているが、心は気が気でない。翌日、この写真を買いました。皆福地下ダム公園エイドステーション手前で
7:15。約4時間で23km走りました。残り2時間30分弱で19kmを走る実力はありませんでした。ボランティアの係の方の話では、PM8:15に30km地点の関門を通過出来ないとゴールまでは自力でたどり着かなければならないが体調不良でのリタイアなら回収車に乗せると言われました。まだ時間があるから頑張りなさいと言われましたが、私は回収車に乗せてもらいました。ゼッケンとリストバンドをはずして、係の人に渡して私の宮古島大会は終わってしまいました。体育館へ帰る車はゴールに向かって走る選手を大勢抜きました。車には同乗している選手もいましたが無言です。きっと皆強い選手になって宮古島へ戻ってくると思いました。メガロス天王町のトイレの張り紙
闘うことをやめたとき
歩むことをやめたとき
そのとき初めて人は老いてゆくのだと思います。